発酵

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発酵(はっこう。「(醗)」とも。[1])とは、狭義には、酵母菌(イースト菌乳酸菌)などの微生物が嫌気条件下でエネルギーを得るために有機化合物酸化して、アルコール有機酸二酸化炭素などを生成する過程である。広義には、微生物を利用して、食品を製造すること、有機化合物を工業的に製造することをいう。酸化発酵の一種で好気条件下で酢酸菌による酢酸発酵などもある。

概要

生物がエネルギーを得るための代謝は、大別して発酵呼吸光合成の三種がある。発酵と呼吸(好気呼吸、嫌気呼吸)は、有機物(例外的に硝酸塩や硫酸塩などの無機物)を酸化させ、その時遊離されるエネルギーでATPを合成する過程である。この酸化反応の副産物の水素(もしくは電子)の排出形態により3つの代謝に分けられる。すなわち、水素(もしくは電子)を有機物に渡せば発酵、酸素に渡せば好気呼吸、無機物に渡せば嫌気呼吸である。

発酵の大きな役割は二つある。一つは上述のように、有機物を酸化分解しATPを得ること。もう一つは、還元型NADを酸化型NADへ戻す役割である。詳しくは発酵の型で後述する。

学問としての発酵学の興り

17世紀末のオランダアントニ・ファン・レーウェンフックが手製の顕微鏡を用いて、微生物を発見した。彼はビールの中に顆粒を発見したと記録している。おそらくこれが酵母の発見だが、この時点ではそれと発酵の関連は考慮されていない。

発酵と微生物の関連については、古くは1818年に、Erxlebenがパンの発酵が微生物によるとの説を唱えたが、ほとんど取り上げられなかった。1830年代には、数人の学者が「酵素の生命力説」を主張し、酵母の活動によって、糖分がアルコールと二酸化炭素になると主張した。これは当時の化学界を大いに刺激し、ユストゥス・フォン・リービッヒらはこれを否定し、化学物質の変化は単純な化学反応であり、そこに生物の関わる余地はないと主張した。彼らによると、酵母はそのような化学変化の結果として生じるものにすぎないという。

これらの論争に決着をつけたのがルイ・パスツールである。彼は酵母を様々な条件で培養し、酵母の発育の結果としてアルコールを生じること、ただし酸素が利用できる条件ではアルコールは発生せず、酵母の成長はその方がよいことなどを発見し、アルコール発酵は酸素呼吸の代用として酵母が行うものであること、それらが酵母が生活のためのエネルギーを得るために行う反応であると述べた(1876)。

これで一旦は論争が収まったかに見えたが、1897年ブフナー兄弟は酵母を破砕した物質が、発酵を進める能力があることに気がついた。そこから、酵母の内部にアルコール発酵を進める物質が存在すると考え、この物質にチマーゼの名を与えた。そして、チマーゼこそが発酵の原因であり、酵母はそれを作るものではあるが、その過程そのものに生物は関与しない、との説を立てた。しかし、その後にこのチマーゼによる発酵が通常のアルコール発酵のようにうまく進まないことが判明し、やはり酵母が発酵を行うのだとの説に落ち着いた。現在では、チマーゼは多数の酵素の複合物質であると考えられている。

日本の大学教育における発酵学

日本の大学教育では、工学部工業化学科もしくは農学部農芸化学科、もしくはそれらと類似する学科が 発酵学の教育を担っている。

かつては、山梨大学(発酵生産学科)、大阪大学(発酵工学科)、広島大学(醗酵工学科)のように単独の学科が存在した大学もあった。また、現在での東京農業大学には醸造学科がある。 最近では、発酵・微生物に特化した学科として、私立の別府大学(大分県)に発酵食品学科ができている。

発酵の型

生物がグルコースなどの糖を用いてエネルギーを得る時、グルコースを解糖系で分解を行いエネルギーを得ると同時に、最終生成物としてピルビン酸が得られる。またこの過程で、酸化型NADが還元型NADへと変化する。ここまでは、発酵、呼吸代謝に共通する部分である。ここから、呼吸代謝はこのピルビン酸をクエン酸回路電子伝達系によって酸化分解し、最終電子受容体酸素もしくは無機物で行う。そして、ATPを得ると同時に還元型NADを酸化型NADへ戻す。対して、発酵はピルビン酸を嫌気条件下でその発酵の型特有の経路を用いてエネルギーを得て、還元型NADを酸化型NADに戻す。ただし、発酵は最終電子受容体として有機物を使用する。

アルコール発酵
二段階の化学反応を経てエチルアルコールへ変化させる。第一段階として、ピルビン酸から一分子の二酸化炭素が取り去られ、中間生成物のアセトアルデヒドが生じる。その後、アセトアルデヒドは還元型NADによって還元され、エチルアルコールとなる。
主として出芽酵母によっておこなわれる。糖分を分解してアルコールと二酸化炭素を発生する。アルコール飲料がその代表である。酵母は自然界では糖分の多い環境に生息し、果実の皮などにも附着している。そのため、果実をつぶして容器に置けば、自然にアルコール発酵が進む場合が多い。日本酒を造る場合、まず麹をに働かせるのは、米のデンプンコウジカビに分解させて糖にするためである。パン生地が膨れるのは、生地の中の糖分が分解されてできた二酸化炭素のためである。
乳酸発酵
化学的には、ピルビン酸を還元型NADによって還元し乳酸にする。最も単純なピルビン酸代謝経路。
メタン発酵
メタン発酵とは、メタン菌の有する代謝系のひとつであり、水素ギ酸酢酸などの電子を用いて二酸化炭素メタンまで還元する系である。メタン菌以外の生物はこの代謝系を持っていない。嫌気環境における有機物分解の最終段階の代謝系であり、特異な酵素および補酵素群を有する。詳しくはメタン発酵を参照。
その他の発酵
ほかにも、酪酸型発酵ブタノール-アセトン型発酵硝酸塩発酵酢酸発酵がある。

人間にとって有用な微生物の作用(広義の発酵)

発酵は食品に微生物が繁殖してその成分が変化することである。仕組みは腐敗と同じであるが、特に人間にとって有用な場合に限って「発酵」と呼ぶ。その境界はかなり恣意的であり、たとえば知らない人が鮒寿司を見れば、「腐っている」といって廃棄されるのはまず間違いないし、キビヤックに至っては、製造するイヌイット(エスキモー)以外にとってはそれが食用であるとは想像も付かないであろう。

独特の香りを発する発酵食品も多い。くさや鮒寿司納豆 などは、アミンや硫化物、アンモニアなどの強い香り・刺激臭を伴う。

広く見られるのは、アルコール発酵を利用したなど、いわゆるアルコール飲料の製造である。ほぼ世界中に見られ、多様な素材を用いて様々な製法で生産されている。アルコール発酵はパンの製造などにも使われる。これは、いわゆる出芽酵母によっておこなわれるものである。アルコール飲料や液体調味料の場合は、醸造とも呼ばれる。

アルコール発酵のように、特定の少数の微生物のみでおこなわれる過程もあるが、様々な微生物が複雑に関与する例も少なくない。味噌や糠漬けなどはその例であろう。その微生物の組成が異なれば、微妙に味も異なる。かつてはそれぞれの家に古くから伝えられたものがあり、家ごとに味の違いがあった。

発酵作用を利用した発酵食品は世界各地に見ることが出来る。ある種の微生物が多数を占めるため腐敗に対し耐性を示すことから、保存食として扱われる物もあるが、その鮮度が短いものも多く、発酵食品を保存食品に分類することは誤りである。また中には猛毒であるフグ卵巣を、発酵作用を通して食用可能にした河豚の卵巣の糠漬けのような発酵食品もある。

微生物によらない発酵を利用したものもあり、は半発酵か完全発酵を使用している。これは、茶葉に含まれる酵素による酸化発酵である。

発酵食品

発酵食品を参照。

関連項目

参考文献

  • 山中健生、「微生物のエネルギー代謝」、学研出版センター、1986年8月25日初版
  • 細野明義、「畜産食品微生物学」、朝倉書店、2000年1月20日初版
  • H.J.Phaff,M.W.Miller&E.M.Mrak (長井進訳)『酵母菌の生活』,(1982),学会出版センター

脚注

  1. 戦前から「發酵」表記は併存していた。福澤諭吉「福澤全集 巻四」時事新報社(1898) p.159 福澤諭吉著作一覧 - 全集・選集、『大辭典 第二十巻』平凡社(1936) p.593