認知症

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認知症(にんちしょう)は認知障害の一種であり、後天的なの器質的障害により、いったん正常に発達した知能不可逆的に低下した状態である。認知症はなどヒト以外でも発症する。狭義では「知能が後天的に低下した状態」の事を指すが、医学的には「知能」の他に「記憶」「見当識」を含む認知障害や「人格変化」などを伴った症候群として定義される。これに比し、先天的に脳の器質的障害があり、運動の障害や知能発達面での障害などが現れる状態は知的障害、先天的に認知の障害がある場合は認知障害という。

従来、非可逆的な疾患にのみ使用されていたが、近年、正常圧水頭症など治療により改善する疾患に対しても認知症の用語を用いることがある。単に老化に伴って物覚えが悪くなるといった誰にでも起きる現象は含まず、病的に能力が低下するもののみをさす。また統合失調症などによる判断力の低下は、認知症には含まれない。また、頭部の外傷により知能が低下した場合などは高次脳機能障害と呼ばれる。

日本ではかつては痴呆(ちほう)と呼ばれていた概念であるが、2004年厚生労働省の用語検討会によって「認知症」への言い換えを求める報告がまとめられ、まず行政分野および高齢者介護分野において「痴呆」の語が廃止され「認知症」に置き換えられた。各医学会においても2007年頃までにほぼ言い換えがなされている(詳細については#名称変更の項を参照)。

認知症は70歳以上人口において2番目に多数を占める障害疾患である。全世界で3,560万人が認知症を抱えて生活を送っており、その経済的コストは全世界で毎年0.5-0.6兆米ドル以上とされ、これはスイスのGDPを上回る。患者は毎年770万人ずつ増加しており、世界の認知症患者は2030年には2012年時点の2倍、2050年には3倍以上になるとWHOは推測している。

現在の医学において、認知症を治療する方法はまだ見つかっていない。安全で効果的な治療法を模索する研究が行われているが、その歩みは難航している。

認知症、家族に迫る限界。介護保険には頼れない

2016年11月22日。森義弘さん(68)の10年に及ぶ認知症介護が終わった。この夜、妻の敏子さんが亡くなった。72歳だった。敏子さんは62歳で認知症に。森さんは仕事を辞め在宅介護に専念した。食事、入浴、排せつのケア。「夜中に13回、起こされたことも」。心と体が追い詰められる夜を幾度も重ねた。

今、森さんは喪失感に襲われている。「さみしい」。笑顔に癒やされ、予想外の言動にいらだった。介護は生活そのものだった。

認知症大国・日本。462万人(2012年)の認知症の人は、団塊の世代が80代になる30年、多いシナリオで830万人に。森さんが体験した介護の日々は、多くの人の日常になる。2000年に始まった介護保険。家族は楽になるはずだった。だが……。

「物忘れがひどくなってきた。いずれは施設なのかな」。東京都世田谷区の奈良慶子さんは悩む。

生後半年の娘を抱え、認知症の父親(85)を介護する。「ダブルケアは負担が大きい」。施設を頼ろうにも、特別養護老人ホーム(特養)への入所には、父親の要介護度がネックになる。今は生活の一部に介助がいる要介護1。2015年介護保険法改正で、要介護1と2は原則、入所対象外に。認知症の特例はあるが、区内には2000人近い待機者がおりメドがたたない。

「認知症は介護が大変なのに要介護度が低い」。青森県で特養を営む中山辰巳さん(64)は嘆く。

介護保険は身体機能の衰えへの支えを重視する。妄想や問題行動は体が元気でも出るため、要介護度と介護の大変さが一致しない例もある。「そもそも介護保険の成立時、認知症の激増は前提ではなかった」

家族の負担はすでに重い。認知症の人を1人介護するのに、年382万円も家族は無償で負担している――。慶応大学が出した試算だ。自らする介護、離職での収入減など負担は計6兆円。2030年には9兆円になる。

介護保険の給付額は2015年時点で約10兆円。2025年には19.8兆円に膨らむ。財政が厳しいなか、老夫婦のみや単身の世帯が増え、家族の介護力は弱まっていく。

頼みは地域の互助力だ。住民が訓練を重ね、認知症の行方不明者を発見した実績を持つ福岡県大牟田市。だが「ここまでに10年かかった」(同市の白川病院)。急がねば間に合わない。

たとえ認知症でも、介護保険だけに頼るのはますます厳しくなる。そんな未来を見据え、自ら備える意識も広がる。太陽生命保険の「ひまわり認知症治療保険」。認知症になると300万円を給付する。3月の発売後、予想を上回る約14万6千件の契約を集めた。

介護保険料を払う40歳以上の人は2021年をピークに減る。財源が限られるなか、公助・共助の役割をどう定め、互助や自助の力をどう引き出すのか。難題から目を背けても、830万人を支える未来は逃げてはくれない。

症状

以前よりも脳の機能が低下し、主に以下の様な各種症状を呈することとなる。

中核症状

程度や発生順序の差はあれ、全ての認知症患者に普遍的に観察される症状を「中核症状」と表現する。記憶障害見当識障害(時間・場所・人物の失見当)、認知機能障害(計算能力の低下・判断力低下失語・失認・失行・実行機能障害)などから成る。

これらは神経細胞の脱落によって発生する症状であり、患者全員に見られる。病気の進行とともに徐々に進行する。

周辺症状(BPSD)

全ての患者に普遍的に表れる中核症状に対し、患者によって出たり出なかったり、発現する種類に差が生じる症状を「周辺症状」、近年では特に症状の発生の要因に注目した表現として「BPSD(Behavioral and Psychological Symptoms of Dementia:行動・心理障害)」「non-cognitive symptoms」と呼ぶ。

主な症状としては幻覚(20-30%)、妄想(30-40%)、徘徊、異常な食行動(異食症)、睡眠障害抑うつ不安(40-50%)、焦燥、暴言・暴力(噛み付く)、性的羞恥心の低下(異性に対する卑猥な発言の頻出など)などがある。

発生の原因としては中核症状の進行にともなって低下する記憶力・見当識・判断力の中で、不安な状況の打開を図るために第三者からは異常と思える行動に及び、それが周囲との軋轢を生むことで不安状態が進行し、更に症状のエスカレートが発生することが挙げられる。前述の通り、中核症状と違い一定の割合の患者に見られ、必ずしも全ての患者に同一の症状が見られるとも限らない。またその症状は上記のもの以外にも非常に多岐にわたり、多数の周辺症状が同時に見られることも珍しくない。中核症状が認知症の初期・軽度・中等度・重度と段階を踏んで進行していくのに対し、周辺症状は初期と中等度では症状が急変することも大きな特徴である。初期では不安や気分の沈みといった精神症状が多く、中等度になると幻覚や妄想などが発現する。

かつては中等度になると激しい症状が現れ、患者は日常生活を行う能力を急速に喪失してゆき、周辺症状の発現と深刻化によって家族などの介護負担は増大の一途を辿る為、「周辺症状=中等度」との固定観念が存在したが、現在では軽度でも一定の症状が発生することが分かってきたため、その固定観念の払拭と、より原因に着目した表現としてBPSDが用いられるようになった。

激しすぎる周辺症状が発生した場合、向精神薬等を用いて鎮静化させることもあるが第一選択としては推奨されず、前述の通り不安状態、及び認知能力が低下した状態での不安の打開方法としての行動が原因であるため、まずその不安の原因となっている要素を取り除くことが対処の基本となる。中核症状の進行を阻止する有効な方法は確立されていないが、適切な介護・ケア方法によって周辺症状の発生を抑え、明確な症状が見られないままターミナル期を迎えることも可能である。初期の状態での適切なケアが重要となる。

分類

認知症の原因となる主な疾患には、脳血管障害、アルツハイマー病などの変性疾患、正常圧水頭症、ビタミンなどの代謝・栄養障害、甲状腺機能低下などがあり、これらの原因により生活に支障をきたすような認知機能障害が表出してきた場合に認知症と診断される。

また、認知症患者のおよそ10%程度は混合型認知症(mixed dementia)であり、一般的にアルツハイマー病とその他の認知症(前頭側頭型や血管性型)を併発している。

脳血管障害の場合、画像診断で微小病変が見つかっているような場合でも、これらが認知症状の原因になっているかどうかの判別は難しく、これまでは脳血管性認知症(VaD)と診断されてきたが、実際はむしろアルツハイマー病が認知症の原因となっている、所謂、「脳血管障害を伴うアルツハイマー型認知症(混合型認知症)」である場合が少なくなく、純粋なVaDは7.3%と言われている。

皮質性認知症と皮質下性認知症という分類がなされる事もある。血管障害性と変性性という分類もあり、Hachinskiの虚血スコアが両者の区別にある程度有用である。日本では従来より血管性認知症が最も多いといわれていたが、最近はアルツハイマー型認知症が増加している。

社会的諸問題

経済的コスト

認知症に対しての経済的コストは、オランダでは保健支出の5.5%、ドイツでは3.7%を占めている。コストの総額は、全世界では推定6450億ドル(2010年、スイスのGDPと同額)、米国では1680-2300億ドル、欧州全体では2130億ドルに上ると試算されている。

介護問題

介護については、現在でも多くの家族が認知症患者を介護しているが、その負担の大きさから心中問題に発展する事もある。認知症患者の介護は、24時間の見守りが必要であり、これは地域ぐるみでないと対策は難しい。患者の多くは死ぬ場所に自宅を希望しているが、現状では大部分は病院で亡くなっている。

しかし、この問題は家族や貧困の問題とされており、社会問題とされる事はまだまだ少ない。日本においては、患者の9割近くが65歳以上であり65歳未満の初老期の認知症患者(若年性認知症)の対策が遅れているため、その患者の家族負担は65歳以上よりも重いとされている。介護保険においては、要支援2以上の患者が認知症高齢者グループホームを利用できる。

自動車運転をめぐる問題

判断力が低下した認知症患者による自動車運転などの問題もある。各県の公安委員会は認知症にかかっている者の運転免許を取消しまたは停止することができる(道路交通法第103条)。認知症関連5医学会は連名でガイドラインを策定し、認知症が判断した際は、医師は患者および家族に対し自動車運転の中止ならびに運転免許証返納を行うよう説明し、かつその点をカルテに記載するよう勧告している。

鉄道事故をめぐる問題

認知症患者(疑いがある場合も含む)が鉄道事故に巻き込まれるケースが、2005年度から2012年度までの8年間で149件発生していることが明らかになった。事故被害者のうち115人は死亡しているが、こうしたケースについて鉄道事業者が、事故被害者が認知症であることを考慮せずに賠償請求をするケースが多く見受けられており、安全対策や、誰が賠償責任を負うかなど、新たな課題として浮上している。事故被害者の遺族らからは、四六時中の見守りは無理などとして、鉄道事業者の動きに反発する声が強い。

2007年12月に認知症の男性がJR共和駅で線路内に下りて起こした事故でJR東海が親族に約720万円の賠償を求める訴えを起こしたが、2016年3月1日、最高裁はこの損害賠償請求を棄却し、認知症患者やその家族にとっては画期的な判決となったが、国の政策も含め、責任能力がない人が起こした事故の損害回復をどうすべきかという課題も浮かび上がった。

所在不明者をめぐる問題

警察庁のまとめによると、2013年、捜索願(行方不明者届)が出された認知症の人の数は1万322人であり、2012年度と2013年度に届出のあった19,929人の不明者のうち、2014年4月現在所在が確認できていない人数が258人である。一方で警察に保護されたものの住所や名前などの身元不明の人が13人(2013年5月現在)いた。

法的保護

既に、認知症患者を対象にした悪徳商法などが発生している。悪質リフォームや、金融機関による認知症患者の金融商品の無断解約などは、発生・発覚時にはよく報じられるが、解決策について議論されることは少ない。この為、家族等や弁護士司法書士成年後見人制度による対策が求められている。

刑事手続

名称変更

経緯

日本老年医学会において、2004年3月に柴山漠人が「『痴呆』という言葉が差別的である」と問題提起したのを受け、6月から厚生労働省において、医療・福祉などの専門家を中心とした用語検討会で検討が始まった。その過程において、厚生労働省は、関係団体や有識者からヒアリングを行うとともに、「痴呆」に替わる用語として選定した複数の候補例等について広く国民の考えを問うため、ウェブページ等を通じて意見の募集を行った。この結果、一般的な用語や行政用語としての「痴呆」について、次のような結論に至った。

  • 「痴呆」という用語は、侮蔑的な表現である上に、「痴呆」の実態を正確に表しておらず、早期発見・早期診断等の取り組みの支障となっていることから、できるだけ速やかに変更すべきである。
  • 「痴呆」に替わる新たな用語としては、「認知症」が最も適当である。
  • 「認知症」に変更するにあたっては、単に用語を変更する旨の広報を行うだけではなく、これに併せて、「認知症」に対する誤解や偏見の解消等に努める必要がある。加えて、そもそもこの分野における各般の施策を一層強力にかつ総合的に推進していく必要がある。

国民の人気投票では「認知障害」がトップであったが、従来の医学上の「認知障害」と区別できなくなるため、この呼称は見送られた。こうして2004年12月24日付で、法令用語を変更すべきだとの報告書(「痴呆」に替わる用語に関する検討会報告書)がまとめられた。厚生労働省老健局は同日付で行政用語を変更し、「老発第1224001号」により老健局長名で自治体や関係学会などに「認知症(にんちしょう)」を使用する旨の協力依頼の通知を出した。関連する法律上の条文は、2005年の通常国会介護保険法の改正により行われた。

医学用語としては、まず日本老年精神医学会が「認知症」を正式な学術用語として定め、関係40学会にその旨通知した。現在の医学界では、「痴呆」はほぼ「認知症」と言い換えられている。

主に心理学や神経科学系の学会では、従来より「認知」という語を厳密に用いてきたため、学会として認知症という語に反対している。

行政用語の改正

平成16年12月24日付け、厚生労働省老健局長通知による「痴呆」からの改正用語例は、以下のとおりである。

  • 痴呆 → 認知症
  • 痴呆性高齢者 → 認知症高齢者
  • 痴呆の状態にある高齢者 → 認知症の高齢者
  • 痴呆性高齢者グループホーム → 認知症高齢者グループホーム

現在、第162回国会において審議されている「介護保険法等の一部を改正する法律案」による改正後の介護保険法では「脳血管疾患、アルツハイマー病その他の要因に基づく脳の器質的な変化により日常生活に支障が生じる程度にまで記憶機能及びその他の認知機能が低下した状態」として認知症を定義している。

表記改正への賛否議論

「痴呆」という呼び名が差別的であるとされたのは、「痴」「呆」ともに「愚か」「馬鹿」という意味を持つ漢字だからである。実際、厚生労働省のアンケートでは、「痴呆」という呼称が一般的な用語や行政用語として用いられる場合、また病院等で診断名や疾病名として使用される場合でも、不快感や軽蔑した感じを「感じる」人は、「感じない」人を上回った。

「痴呆」の呼び名の代替案として「認知症」とする事とした事に関して、「認知」の意味が正しく伝わらず、適切ではないのではないか、また日本語として破綻しているのではないか、という議論が出ている。

心理学会関係(検討会には参加者なし)からは、「認知」は人間の知的機能をあらわす概念であり、それをそのまま病名として用いると意味が不明確で誤解が生じる危険があるとして異論もある。社団法人日本心理学会・日本基礎心理学会・日本認知科学会・日本認知心理学会から連名で出された意見書の中でその不適切さが指摘され、代案として「認知失調症」を提起する意見書が厚生労働省に提出されている。

また、「痴呆」と言う言葉は「一度獲得された知能が、後天的な大脳の器質的障害のため進行的に低下する状態」を指し、「認知症」と言う言葉より症状を的確に表しているという意見もある。

関連項目