上野駅

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上野駅

上野駅(うえのえき)は、東京都台東区上野七丁目および東上野三丁目にある、東日本旅客鉄道(JR東日本)・東京地下鉄(東京メトロ)の駅である。

概要[編集]

当駅は、日本の鉄道黎明期に日本初の私鉄である日本鉄道が、上野 - 熊谷間の第一区線開業時に合わせて、東京下町北端の山下町に東京方の起点駅として開業した歴史ある駅である。以来、日本を代表するターミナル駅として栄えてきた。

現在、当駅には北関東東京を結ぶJR各線の中距離電車東京都区部を走る各通勤電車(JR東日本・東京メトロ)各線が結節し、また東北、上・信越方面の各新幹線、その他在来線各線の優等列車が発着するなど、東京の「北の玄関口」として機能している。

乗り入れ路線[編集]

当駅には、JR東日本の新幹線在来線各線、および東京メトロの路線が乗り入れている。

JR東日本[編集]

このうち、JR東日本の新幹線は、線路名称上は東北新幹線のみである[1]が(詳細は路線記事および「鉄道路線の名称」参照)、東北新幹線経由で山形秋田上越長野の各新幹線が乗り入れている。

JR東日本の在来線に関しても、線路名称上は東北本線のみである[1]が、以下のように多岐にわたる各線が乗り入れている。

上記のうち、宇都宮線、高崎線、常磐線は現在、当駅を運転系統の起点としており、東京駅方面へは山手線と京浜東北線のみが運行されている。また、宇都宮線と高崎線が同じ線路を共有しているほかは、各系統ごとに専用の線路が割り当てられている。

JR東日本公式サイトにて記載されている当駅の「所属路線」は、京浜東北線、常磐・成田線、常磐線、高崎線、東北本線、山手線、秋田新幹線、上越新幹線、東北新幹線、長野新幹線、山形新幹線の11路線となっている[3]

東京メトロ[編集]

東京メトロは銀座線日比谷線の2路線が乗り入れており、それぞれ「G 16」「H 17」の駅番号が与えられている。

駅構造[編集]

JR東日本[編集]

在来線の特急列車は低いホーム、新幹線の列車は地下ホームを発着する。このうち、寝台列車は13番線から発車する。この13番線ホームにある男子トイレは、ホモの巣窟となっており、迷惑行為が多発している。JR東日本これを受け、トイレに通報を促す貼り紙を貼り、また時々警備員を配置させている。また、13番線ホームを中心に、在来線特急列車の発着ホームでは、前川原貴志を中心とする顕正会信者による「鉄道ファンを装った宗教勧誘」が発生しているので、単独で列車を撮影する時は注意が必要である。

のりば[編集]

同一駅に3種類のホームがある。

高架ホーム
1 - 12番線(山手線・京浜東北線・宇都宮線・高崎線・常磐線)
緩斜面に建設された一部高架の6面12線の島式ホーム
宇都宮線と高崎線、常磐線の列車が当駅に到着する際、「高いホーム」または「高架ホーム」と呼称される。
コンコースとのアクセスになるエスカレーターおよび階段の一部は、9・10/11・12番線ホームを貫いて、直接13/14・15番線ホームに向かう。
常磐線の案内は、中距離列車が青快速電車が緑で表記されている。一部列車を除き、基本的に案内の色と同じ色の列車がホームに入線する。
当駅に到着する際の山手線・京浜東北線の車内LCDにおける常磐線のラインカラーは、特急列車や土浦・水戸方面へ向かう列車への乗り継ぎを意識してか、青色となっている。
地平ホーム
13 - 17番線(宇都宮線・高崎線・常磐線)
地平にある3面5線の櫛形ホームで、ヨーロッパのターミナル駅の風情を漂わせている。
到着の際は「低いホーム」または「地平ホーム」と呼称される。16・17番線は特急専用ホームで、主に特急「ひたち」が発着する。有人の中間改札口があり、乗車券・特急券・入場券の検札を行う。13 - 15番線は主に宇都宮線・高崎線普通列車が発着する他、13番線は寝台特急「カシオペア」「北斗星」「あけぼの」の出発ホームとなっている。この他、常磐線の列車も到着扱いが1本だけある。到着後は回送となるため、発車はない。
13番線には、寝台列車待ちの際に休憩所として利用できる「五つ星広場」がある(後述)。
ファイル:JR東日本・上野駅・18番線・1.jpg
18番線ホーム。列車は17番線で発車待ちの「ひたち」(1988年4月10日)
かつて、地平ホームには18 - 20番線が存在し、東北・上越新幹線開業までは当駅を始発終着とする東北本線(特急「ひばり」14往復、同「はつかり」6往復、同「やまびこ」4往復、同「はくつる」1往復、同「北星」1往復、急行「八甲田」1往復、同「いわて」2往復、同「まつしま」4往復、同「なすの」4往復、同「あづま」2往復、同「新星」1往復など)、常磐線(特急「ひたち」11往復、同「みちのく」1往復、同「ゆうづる」7往復、急行「十和田」3往復、同「もりおか」2往復、同「ときわ」10往復など)、上越線(特急「とき」14往復、同「はくたか」2往復、同「北陸」1往復、急行「佐渡」4往復、同「ゆけむり」6往復、同「能登」1往復など)、信越本線(特急「あさま」10往復、同「白山」3往復、急行「妙高」5往復、同「信州」5往復、同「越前」1往復など)をはじめ、奥羽本線(特急「つばさ」3往復、同「やまばと」3往復、同「あけぼの」2往復、急行「ざおう」2往復、同「おが」2往復、同「津軽」2往復など)、羽越本線(特急「いなほ」3往復、急行「天の川」1往復など)、磐越西線(特急「あいづ」1往復、急行「ばんだい」6往復など)、両毛線(急行「あかぎ」4往復、同「わたらせ」2往復)、日光線(急行「日光」3往復)、吾妻線(急行「草津」4往復)などの優等列車が多数発着していた(以上は1980年10月時点の運行計画状況。季節列車を含む。)。その後、新幹線の開業に伴い並行在来線の優等列車は削減、廃止されていき、東北・上越新幹線の上野延伸(1985年3月14日開業)に伴い、まず20番線(1980年5月31日廃止)が、続いて19番線(1983年7月1日廃止)が廃止となり、東北・秋田・山形・上越・長野の全新幹線が開業(1997年)した2年後には18番線(1999年9月11日廃止)も廃止された。2011年現在、18番線の日暮里寄りにはわずかながら線路跡が残る。
「北斗星」などの客車列車の場合、機関車の付け替えができないため、車両基地である尾久車両センターとの間は機関車を後部にした状態で回送運転する。こちらを参照。
当駅折り返しの宇都宮線・高崎線・常磐線中距離電車は当駅に到着し、乗客降車後に車内清掃を行う。また、当駅に平日18時台に到着する常磐線快速電車では整列乗車を行っている。
新幹線ホーム改札の隣の旧18番線には、寝台特急「カシオペア」に使用されているE26系の模型モックアップが置かれている。また、旧18番線ホームの壁面には、ヒノキアスナロ(アオモリヒバ)による青森ねぶたのレリーフ(デザイン : 高桑エリカ、彫刻監修 : 高橋清)がある。
新幹線地下ホーム
19 - 22番線(東北・山形・秋田・上越・長野新幹線)
地下5階にある2面4線のホーム。通過線はなく、可動式ホーム柵も設置されていないため、通過列車は減速する。
上下線で番線をある程度明確に割り振ってはいるが、上野始発の下り新幹線は臨時列車のみだが全ホームを使用する。この他に、東京駅発の臨時列車が19・22番線で定期列車を待避する場合がある。1997年9月30日までは一部の定期列車と大部分の臨時列車が当駅始発・終着だった。また、北側に行くと新幹線の東京新幹線車両センターがある(在来線でいうと京浜東北線の上中里 - 田端間に隣接)。
ホームの使用状況
番線 路線 行先 備考
在来線 高架ホーム
1 京浜東北線 赤羽浦和大宮方面  
2 山手線(内回り) 田端池袋新宿方面  
3 山手線(外回り) 東京品川目黒方面  
4 京浜東北線 東京・品川・横浜方面  
5 - 8 宇都宮線 大宮・小山宇都宮黒磯方面  
高崎線・上越線 大宮・熊谷高崎前橋方面  
9・10 常磐線 土浦水戸高萩方面 9番線は稀に宇都宮線・高崎線も使用
勝田行最終列車は11番線から発車
11・12 常磐線(快速)・成田線 松戸取手成田方面  
在来線 地平ホーム
13 - 15 宇都宮線 大宮・小山・宇都宮・黒磯方面  
高崎線・上越線 大宮・熊谷・高崎・前橋方面  
寝台特急「北斗星」「カシオペア」「あけぼの いずれも13番線から発車
16 高崎線特急「水上」「草津」「あかぎ 一部14・15番線から発車
常磐線特急「スーパーひたち・フレッシュひたち  
17 常磐線特急「スーパーひたち・フレッシュひたち」  
新幹線 地下ホーム
19・20 ■ 東北・山形・秋田新幹線 仙台盛岡新青森山形新庄秋田方面  
■ 上越・長野新幹線 高崎・新潟長野方面  
21・22 ■ 新幹線 東京行  

配線[編集]

東北新幹線開業時の上野駅在来線配線略図

在来線の駅から北方向には、西から順に、京浜東北線と山手線の方向別複々線(山手線が内側)、東北本線列車線(宇都宮線・高崎線)の複々線(尾久駅手前の尾久車両センター出・入庫部の先まで高架ホーム発が外側、地上ホーム発が内側の方向別)、常磐線の複線の計10本の線路が並行する。このうち、東北本線列車線と常磐線からは高架ホーム、地平ホームのほぼすべてへの発着が可能である。このため、シングルスリップスイッチやダブルスリップスイッチを用いた複雑な配線となっている[4]。常磐線の高架線と地平線の分岐・合流点は隣の鶯谷駅付近となるが、これは1968年に立体交差化されたものである。

南方向には京浜東北線、山手線の複々線に加えてその東側に留置線群とそれらをつなぐ通路線が秋葉原駅まで続いている。これはかつて東京駅までつながっていた回送線の跡であり、将来縦貫線として再び東京駅と結ばれる予定である[5]。なお、これらの線路につながっているのは5 - 9番線であり、10 - 12番線と地平ホームの各線は行き止まりである。

東北新幹線上野駅開業時(1985年)の在来線の配線図を以下に示す。1999年に18番線は廃止されたが、基本的にはこの配線が踏襲されている。

発車ベル・メロディ[編集]

16・17番線で発車メロディを使用する他はすべて発車ベルである。山手線で発車ベルを使用している駅は当駅と新大久保駅のみである。これは、地方から上京してきた乗客が聞きなれないメロディで混乱しないように、あえてベルのまま残したというのが理由とされている。5 - 10番線(まれに地平ホームでも)では発車ベルの後に出発指示合図のブザーが鳴動する。


五ツ星広場[編集]

五ツ星広場で迷惑行為があったために、2012年8月25日から、利用可能時間が制限される。すなわち、寝台列車発車の約1時間前から列車の発車まで利用可能であり、利用時間は、15時00分 - 16時20分 カシオペア(運転日に限る)、17時50分 - 19時03分 北斗星、20時00分 - 21時15分 あけぼの である。これら以外の時間は、伸縮門扉によって閉鎖される。これにともなって15番線と16番線との間、石川啄木の歌碑の横にベンチが2脚、設置された。

東京メトロ[編集]

銀座線は相対式ホーム2面2線を有する地下駅。エスカレーターは設置されていないが、ホームから改札口までのエレベーターはホーム浅草方の端に設置されており、また浅草側に改札口からJR連絡階へ通じるエレベーターがある。銀座線には駅の至近に上野検車区があるため、ラッシュ時に当駅を始発・終着とする電車がある。1987年にホームの拡幅工事が行われ、渋谷方面のホームには、日本最初の地下鉄開業を告知するポスターが煉瓦壁と共に設置されている。

日比谷線は相対式ホーム2面2線を有する地下駅。出口階段はホームの前後にあるが、ホームから改札口へ通じるエレベーターは中目黒方面が中央に、北千住方面が仲御徒町寄りにある。また、中目黒方面には別に改札口が設置されている。同じくホームから改札口へ通じるエスカレーターは、中目黒方面は北千住寄り、北千住方面は中目黒寄りに設置されている。中目黒方面ホームと改札を結ぶエレベーターには朝ラッシュ時のみ使用する階段が併設されている。ホーム中央には、発車標とは別に電車がどこにいるかをランプで知らせる装置が設置されている。

銀座線の渋谷側改札口から地下の連絡通路を経由して、京成電鉄の京成上野駅、さらに上野中央通り地下駐車場と中央通りの地下連絡通路に接続している。

普通乗車券や回数券で銀座線と日比谷線を乗り換える際には、一旦乗車券が回収されずに出口に戻る乗り換え専用のオレンジ色の自動改札機を出る必要がある。また、PASMOSuicaでの乗り換えはどの自動改札機からもタッチできる。いずれも、30分の時間制限がある。

従来あった駅ナカ商業施設「メトロピア」は改装され、「エチカフィット上野」として2009年2月20日に開業した。

定期券売り場と向かい合わせに、東京メトロのお忘れ物総合取扱所が設置されている。

のりば[編集]

銀座線と日比谷線の番線表示は、続き番号ではなく、両線ともに1・2番線である。

両路線ともカーブ上にホームがある。銀座線ホームは特に大きくカーブしているため、ホーム上に終日駅員が常駐し、発車の際の合図を行っている。また、車内でも注意を促すアナウンスを流すことが多い。

番線 路線 行先
銀座線ホーム
1 G 銀座線 銀座渋谷方面
2 G 銀座線 浅草方面
日比谷線ホーム
1 H 日比谷線 銀座・中目黒菊名方面
2 H 日比谷線 北千住東武動物公園方面

駅弁[編集]

JR駅で販売される主な駅弁は下記の通り[6]

  • ひと口牛たん麦ご飯 500円
  • 八戸真さば寿司 650円
  • 日本海真あじ寿司 680円
  • 鳥めし 800円
  • チキン弁当 800円
  • 深川めし 850円
  • 30品目バランス弁当 850円
  • 海苔のり弁 880円
  • 五目わっぱめし 900円
  • 鯵鯖よくばり寿司 930円
  • こだわりのとんかつ弁当 950円
  • 黒毛和牛入りハンバーグ 980円
  • 平泉うにごはん 1000円
  • みやぎ黄金海道 1000円
  • 独眼竜正宗辨當 1000円
  • 網焼き牛たん弁当 1000円
  • 網焼き仙臺味噌仕立て牛たん弁当 1000円
  • おふくろの味 上野弁当 1000円
  • 炙り煮穴子重 1000円
  • 牛肉弁当 1000円
  • 照り焼きビーフ弁当 1000円
  • 夕刊フジ特選おつまみ弁当 1000円
  • 八戸小唄寿司 1100円
  • 日本のおもてなし弁当 1100円
  • 味噌カツ 1150円
  • ひつまぶし風弁当 1150円
  • 伝承 鯵の押寿し 1200円
  • 津軽味祭 1200円
  • 季節の吹き寄せ弁当 1300円
  • 八戸鯖棒寿司 1300円
  • 大漁市場(旅情編) 1300円
  • うなぎ弁当 1350円

利用状況[編集]

  • JR東日本 - 2011年度の一日平均乗車人員は174,832人で、同社の駅の中では川崎駅に次いで第13位。乗車人員そのものは2006年を境に上昇しているが、同社が提供している乗車人員ランクでは年々順位を落としている。
  • 東京メトロ - 2011年度の一日平均乗降人員は201,602人で、同社の駅の中では新宿駅に次いで第8位。

JRの駅は埼玉県千葉県北西部・北関東方面に直通する主要鉄道路線のターミナル駅である割りには比較的低順位となっている。ただし、改札を通らない乗り換え客は乗降人員には計上されないため、実際としては乗り換え客で混雑が見られ、平日朝は当駅止まりの宇都宮線・高崎線・常磐線方面から降車後に3・4番線ホームに流れる人の波が絶えず続き、同ホームを発着する山手線・京浜東北線電車に一斉に乗り込む。

この影響で、山手線と京浜東北線の上野→御徒町間は平均乗車率215%という日本一の混雑区間である。だが、2013年度開業予定の東北縦貫線により乗り換えが解消されるとともに、同区間の乗車率も180%程度に抑えられると試算されている。

両社の一日平均乗車人員の推移は下表のとおり。

年度 JR東日本 東京メトロ 出典
銀座線 日比谷線
1992年 216,244 78,200 54,332 [7]
1993年 217,734 77,619 53,252 [8]
1994年 210,636 75,452 52,405 [9]
1995年 207,735 75,019 52,019 [10]
1996年 207,636 74,063 51,058 [11]
1997年 201,602 73,589 48,159 [12]
1998年 195,482 71,699 45,918 [13]
1999年 [1] 195,654 68,926 44,413 [14]
2000年 [2] 189,388 67,085 43,827 [15]
2001年 [3] 185,661 64,595 43,419 [16]
2002年 [4] 186,147 62,647 43,340 [17]
2003年 [5] 186,401 62,462 42,484 [18]
2004年 [6] 182,196 61,438 42,074 [19]
2005年 [7] 179,978 60,510 41,449 [20]
2006年 [8] 178,007 59,997 41,575 [21]
2007年 [9] 181,099 61,464 42,519 [22]
2008年 [10] 181,244 61,907 42,153 [23]
2009年 [11] 178,413 60,452 41,008 [24]
2010年 [12] 172,306 59,655 40,586 [25]
2011年 [13] 174,832

駅周辺[編集]

広小路口 (JR) ・4 - 6番出口(東京メトロ)[編集]

浅草口・東上野口 (JR) 、1 - 3番出口(東京メトロ)[編集]

入谷口 (JR)[編集]

公園口 (JR)[編集]

不忍口(JR) ・京成線連絡通路(東京メトロ)[編集]

バス路線[編集]

入谷口[編集]

停留所名:上野駅

浅草口[編集]

停留所名:上野駅前(都営)、上野駅(高速バス)

停留所名:上野駅浅草口

停留所名:JR上野駅

  • パンダバス(ゼグラスツーリスト)
    • 上野ライン:ROX前行

浅草口浅草通り沿い[編集]

停留所名:上野駅

東上野口昭和通り沿い[編集]

停留所名:上野駅前

停留所名:上野駅(降車専用)

不忍口・京成上野駅前[編集]

停留所名:上野公園山下(都営)、上野駅(東武)、京成上野駅(日立自動車交通、京成他)

停留所名:上野公園(都営)

公園口[編集]

停留所名:上野駅・上野公園

  • 台東区循環バス 「めぐりん」 (日立自動車交通)
  • スカイツリーシャトル(東武バスセントラル)

停留所名:JR上野公園口

  • パンダバス(ゼグラスツーリスト)
    • 上野ライン:国立博物館・上野動物園方面

上野駅をモチーフにした作品など[編集]

文学や歌謡曲の分野で当駅を扱った有名な作品がいくつかある。

桃太郎電鉄シリーズ

歴史[編集]

日本鉄道は、上野 - 熊谷間の開業に先立ち、1882年明治15年)11月に寛永寺子院跡約29,800(約98,512m²)を東京府より借り受け、上野駅の用地とした。1883年(明治16年)7月28日には同線の仮開業に伴い上野駅を開設し、同年8月より貨物、10月より郵便物の取り扱いを始めた。1884年(明治17年)6月28日には仮駅舎で開業式が行われ、1885年(明治18年)に煉瓦造りの237坪(約783m²)の本駅舎が竣工した。この初代駅舎は三村周が設計、毛利重輔が監督を行い、中央の平屋部分に出札広場とコンコース、両翼に待合室を設置したH型平面の構造で、当時の汐留駅横浜駅を踏襲した形となっている[27]

1885年に途中大宮駅から宇都宮駅に至る区間(利根川渡河区間を除く)が開通すると、上野駅は東京側のターミナルとして繁盛するようになった。当初は1つの駅構内に旅客・貨物・車両基地の機能を併設しており、次第に鉄道輸送の需要が伸びてくると構内が手狭になってきた。また駅周辺の道路が狭隘で、ここに旅客を輸送する馬車鉄道や貨物を輸送する大八車が輻輳するようになったため、旅客と貨物の機能を分離することが計画された。1890年(明治23年)11月1日には南方に地上の貨物線を開通させ、新たに設置された秋葉原貨物取扱所(後の秋葉原駅)に貨物取扱を移転した。さらに1896年(明治29年)12月25日に開業した隅田川駅にも荒荷の扱いなどを分散移転して、上野駅は同年12月1日に旅客専用駅となった[28]1900年(明治33年)には日本鉄道が駅前広場に飲食店、喫茶店、雑貨販売店の入った上野待合店を建設している。これは110坪(約364m²)2階建ての建物で、後に理髪店なども入居したが、1922年大正11年)に撤去された[29]

1905年(明治38年)4月1日常磐線三河島 - 日暮里間が開通し、それまで田端で折り返して運転していた常磐線の列車が直接上野駅へ乗り入れるようになった。同年には新橋 - 上野間の高架旅客線の建設とそれに伴う上野駅の改築が決議されている。1906年(明治39年)には日本鉄道の国有化に伴い、上野駅も国有化され、1909年(明治42年)10月には秋葉原 - 上野 - 青森間が東北本線と定められた。同年12月16日には山手線の烏森(後の新橋) - 品川 - 新宿 - 池袋 - 田端 - 上野間で電車の運転が開始され、上野駅はその一方の端となった。

このような状況下で上野駅の利用者は増加を続け、1917年(大正6年)には構内に事務所が9棟、倉庫が10棟、その他売店などが44棟も立ち並び、スペースが限界に近づいていた[30]1923年(大正12年)9月1日関東大震災では初代駅舎が消失し、同月23日に仮駅舎で営業が再開した。同年からは鉄道省東京改良事務所により上野駅周辺の改良工事が始まり、1925年(大正14年)3月1日には新橋駅との間の高架旅客線が開通して山手線の環状運転が始まり、東京の都市内交通である同線の電車と、東北・常磐・高崎といった長距離の幹線との接続する駅として機能するようになった。

1930年昭和5年)3月1日地鎮祭が行われて改築工事が始まり、1932年(昭和7年)4月2日に2代目の駅舎が落成し、同月5日より営業を開始した。この駅舎では利用者の安全に配慮した動線設計がなされ、乗車客は1階の車寄せから列車ホームに、降車客は地下1階の車寄せに出るようになった。外壁は多胡石小松石の砕石が入ったモルタル塗りで、臍壁には花崗岩が用いられている。また、構造上の大きな特徴として、本屋の中央に設置した30×20.3×13.25mの広間空間が挙げられる。この空間は正面玄関の機能を持ち、2階部には業務エリアの移動のための回廊が設けられていた[31]。また、秋葉原の貨物取扱設備が高架上に移転したの受け、東西交通を遮断するなどの問題を引き起こしていた地上の貨物線は1932年7月1日に廃止されている。

年表[編集]

  • 1883年明治16年)7月28日 - 日本鉄道上野 - 熊谷間の始発駅として開業(国有化後、大宮以南区間は東北本線と定められる)。
  • 1885年(明治18年)- 初代本駅舎が竣工。
  • 1890年(明治23年)11月1日 - 上野 - 秋葉原間が貨物線として開通。上野から貨物取扱を秋葉原に移転して貨客分離。
  • 1906年(明治39年)11月1日 - 日本鉄道の国有化に伴い、当駅も国有化される。
  • 1909年(明治42年)10月12日 - 当駅を通る秋葉原 - 上野 - 大宮 - 青森間が東北本線と定められる。
  • 1909年(明治42年)12月16日 - 山手線の電車運転開始。
  • 1925年大正14年)3月1日 - 上野 - 東京間の高架旅客線が開業。
  • 1927年昭和2年)12月30日 - 東京地下鉄道(現・東京メトロ銀座線)浅草駅 - 上野駅間開通。
  • 1932年(昭和7年)4月3日 - 新駅舎が落成。
  • 1941年(昭和16年)9月1日 - 東京地下鉄道、路線を帝都高速度交通営団(営団地下鉄)に譲渡。
  • 1949年(昭和24年)6月1日 - 日本国有鉄道が発足。
  • 1961年(昭和36年)3月28日 - 営団地下鉄日比谷線の駅が開業。
  • 1964年(昭和39年)10月1日 - 一部の急送品(郵便・新聞等)を除いて荷物取り扱いを隅田川駅に移管。
  • 1968年(昭和43年)9月30日 - 高架第6ホーム(11・12番線)供用開始。地上・高架のホーム改良工事が完成する。
  • 1971年(昭和46年)10月 - 大連絡橋完成(12月20日から供用開始) 。
  • 1977年(昭和52年) - 東北新幹線の駅建設が決定(当初は計画になく、地域からの建設請願運動があった)。
  • 1985年(昭和60年)3月14日 - 東北新幹線の駅が開業。
  • 1987年(昭和62年)4月1日 - 国鉄分割民営化により、国鉄の駅は東日本旅客鉄道(JR東日本)の管轄となる。
  • 1991年平成3年)6月20日 - 東北新幹線が東京駅まで延伸。
  • 1993年(平成5年)11月4日 - 営団で継続定期券発売機を導入[32][33]
  • 1997年(平成9年) - 「関東の駅百選」に認定される。選定理由は「いつの時代にもふるさとへの郷愁をそそる、首都圏の北の玄関口」。
  • 2001年(平成13年)11月18日 - JR東日本でICカードSuica供用開始。
  • 2004年(平成16年)4月1日 - 営団地下鉄の民営化により、銀座線と日比谷線の駅は東京地下鉄(東京メトロ)に継承される。
  • 2007年(平成19年)3月18日 - 東京メトロでICカードPASMO供用開始。
  • 2009年(平成21年)2月20日 - 銀座線上野駅に駅ナカ「エチカフィット上野」が開業。
  • 2012年(平成24年)10月29日 - 銀座線上野駅に発車メロディが採用される。森山直太朗作詞・作曲・歌の「さくら(独唱)」が採用される。
  • 2013年(平成25年)度 - 東北縦貫線が完成し、当駅止まり(始発)だった宇都宮線・高崎線・常磐線(快速)が東北本線本来の起点である東京駅およびその先の東海道本線への乗り入れを開始(再開)する予定。

隣の駅[編集]

東日本旅客鉄道
東北・山形・秋田・上越・長野新幹線
東京駅 - 上野駅 - 大宮駅
宇都宮線・高崎線
快速「ラビット」「アーバン」
上野駅 - 赤羽駅
通勤快速・普通
上野駅 - 尾久駅
京浜東北線
快速
秋葉原駅 - 上野駅 - 田端駅
各駅停車
御徒町駅 - 上野駅 - 鶯谷駅
山手線
御徒町駅 - 上野駅 - 鶯谷駅
常磐線(快速)
特別快速・快速
上野駅 - 日暮里駅
東京地下鉄
G 銀座線
上野広小路駅 (G 15) - 上野駅 (G 16) - 稲荷町駅 (G 17)
H 日比谷線
仲御徒町駅 (H 16) - 上野駅 (H 17) - 入谷駅 (H 18)

参考文献[編集]

脚注[編集]

  1. 1.0 1.1 『停車場変遷大辞典(国鉄・JR編I)』(JTB発行、1998年)
  2. 常磐線各駅停車綾瀬駅から東京地下鉄千代田線に直通しているため、当駅には乗り入れない。
  3. JR東日本公式ホームページ 各駅情報 上野駅 所属路線
  4. 祖田(2006) 52頁
  5. 祖田(2006) 57 - 58頁
  6. JR時刻表2012年7月号(交通新聞社刊)616ページ
  7. 東京都統計年鑑(平成4年)
  8. 東京都統計年鑑(平成5年)
  9. 東京都統計年鑑(平成6年)
  10. 東京都統計年鑑(平成7年)
  11. 東京都統計年鑑(平成8年)
  12. 東京都統計年鑑(平成9年)
  13. 東京都統計年鑑(平成10年)
  14. 東京都統計年鑑(平成11年)
  15. 東京都統計年鑑(平成12年)
  16. 東京都統計年鑑(平成13年)
  17. 東京都統計年鑑(平成14年)
  18. 東京都統計年鑑(平成15年)
  19. 東京都統計年鑑(平成16年)
  20. 東京都統計年鑑(平成17年)
  21. 東京都統計年鑑(平成18年)
  22. 東京都統計年鑑(平成19年)
  23. 東京都統計年鑑(平成20年)
  24. 東京都統計年鑑(平成21年)
  25. 東京都統計年鑑(平成22年)
  26. 全文は
    「ふるさとの訛なつかし
    停車場の人ごみの中に
    そを聴きにゆく」
  27. 保坂秀人、他「停車場の変遷についての研究:その1.上野駅の成立」『学術講演梗概集.F-2, 建築歴史・意匠』社団法人日本建築学会、P.220、2001年
  28. 『停車場変遷大事典 国鉄・JR編』JTB 1998年
  29. 高橋晃久、他「停車場の変遷についての研究:その4.上野駅の成立(3)構内店舗の変遷に関する一考察」『学術講演梗概集.F-2, 建築歴史・意匠』社団法人日本建築学会、P.631、2003年
  30. 保坂秀人、他「停車場の変遷についての研究:その2.上野駅の成立」『学術講演梗概集.F-2, 建築歴史・意匠』社団法人日本建築学会、P.305、2002年
  31. 町野東彦、他「停車場の変遷についての研究:その3.上野駅本屋1号の広間空間について」『学術講演梗概集.計画系 2002(F-2)』、社団法人日本建築学会、P.307、2002年
  32. '94営団地下鉄ハンドブック
  33. 銀座駅霞ヶ関駅新橋駅秋葉原駅御茶ノ水駅葛西駅と同時に導入。翌1994年に導入された後楽園駅も合わせて、営団では数少ない継続定期券発売機設置駅であった。

関連項目[編集]

外部リンク[編集]