悲劇の世代

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悲劇の世代(ひげきのせだい)とは、1992年度生まれの世代をさす通称。人生の節目で天災・人災が起こり、芸能・スポーツともに不作の世代で著名人が少ないということからそう呼ばれている。由来は黒子のバスケでのキセキの世代から。

天災・人災[編集]

1992年、生まれたと同時にバブル崩壊[編集]

生まれる直前の1991年。日本経済の一大転換点であるバブル崩壊が到来し、この世に生を受けてからずっと不況の時代を生きていく。

1992年生まれの悲劇はここから始まった。

1997年、消費税アップ[編集]

5歳、物心がついたころに消費税が3%から5%になり、一気に消費者の購入意欲が減退。小学校入学前の子供にとっては物を買うことすら大変になる。さらに不況の時代が続く。

郵便番号が5桁から7桁に増えたのもこのころだった。

2002年、ゆとり教育を受ける[編集]

小学校4年生の2002年からゆとり教育が始まり、教科書から台形の面積がなくなり、円周率がおよそ3になった(ただ、円周率を「およそ3」で教えていた学校は意外に少なく、多くの学校では教師の自主的な判断で3.14と教えていた)。しかし、小学校低学年の頃に土曜の授業も経験しているのは下の世代とは異なる。

これによって1990年度生まれから1995年度生まれにかけての世代は世間から「ゆとり世代」のレッテルを貼られることになる。

その後2011年から脱ゆとり教育が実施され、1990年度生まれから1995年度生まれにかけての世代は年上からも年下からもゆとり世代と蔑まれる存在になった。

2008年、高校入学式に爆弾低気圧[編集]

2008年4月、高校入学式の日に台風並の爆弾低気圧が直撃し全国的に大雨。
新しい制服がびしょびしょになってしまった。

2009年、修学旅行に新型インフルエンザ[編集]

2009年6月、一部地域では高校2年生の修学旅行の時期に新型インフルエンザが大流行。旅行の中止・延期・行き先変更になる高校が続出した。

2011年、高校卒業時期に東日本大震災[編集]

2011年3月11日、巨大津波が来たり原発事故が起きたり某魔法少女アニメの最終回が延期になったりしたあの東日本大震災が発生。

これによって高校卒業式が延期になったり、大学入試の日程が変更されたり、大学入学式が自粛されたりする事態になり、日本の全ての世代における悲劇の中に含まれることとなった。

2013年、成人式に大雪[編集]

そして2013年1月14日、多くの地域で成人式が行われた中、やっぱり全国的に大雪・大雨となり、人生の記念すべき日が立て続けに天候不順に見舞われることになった。振袖の女性は足が冷たくて歩きにくかっただろう。なお、天候不順が常識の上、成人式の日取りが春・夏に分散することも多い北陸・東北・北海道については気にしないものとする。

しかし数々の天災を乗り越えてきた1992年度生まれの人の間からは「ホワイト成人式」という用語も誕生したりしてポジティブにとらえる見方もあった。

スポーツ[編集]

2009年、FIFAU-17ワールドカップで3戦全敗[編集]

サッカーでは2005年の第1回世界幼少年サッカー大会でU-13日本代表として出場して優勝したことから、1992年生まれの選手を「プラチナ世代」と呼んでいた。しかしプラチナ世代と呼ばれた1992年生まれが中心となった2009年のU-17ワールドカップはグループリーグで3戦全敗と散々な結果に終わった。
さらに翌2010年のU-19アジアユースでベスト8止まりに終わり、2011年のU-20ワールドカップの出場を逃した。
2012年のロンドンオリンピックでは44年ぶりのベスト4進出と躍進するが、1992年生まれの選手はガンバ大阪宇佐美貴史選手とセレッソ大阪杉本健勇選手の2人しか選ばれず、しかも2人とも控えで出場機会は少なかった。
そして、2014年のFIFAワールドカップブラジル大会の日本代表には1992年生まれの選手は1人も選ばれなかった。

結果的に2005年のU-13以降結果を残しておらず、プラチナ世代と呼ぶことを疑問視する人も多く、1992年生まれは不作の世代だったと言われることが多い。

2010年、高校野球は不作の年、1・2年生が活躍した大会[編集]

1992年度生まれが高校3年生となって迎えた、2010年の高校野球は沖縄興南高校が春夏連覇したもののその興南にも大した選手はおらず(毎年いるはずの10年に1人の逸材もいない)、プロのスカウトから「不作の年」と酷評され、マスコミやファンからは1・2年生の活躍が目立った大会と言われた。 [1] [2] [3]
この年に活躍した2年生は福島聖光学院歳内宏明投手や神奈川東海大相模のリードオフマン渡辺勝選手、熊本九州学院の山下翼選手、1年生は報徳学園田村伊知郎選手や九州学院の萩原英之選手など多岐にわたり、特に歳内選手は春夏連覇した興南の島袋洋奨投手よりプロのスカウトの評価が高い選手であった。

結果的に、春夏連覇したにも関わらず、島袋選手は2010年の甲子園では高校ナンバー1投手の座を2年生の歳内選手にもっていかれてしまい、スカウト陣も特に動くこともないまま中央大学に進学することになり、2010年のプロ野球ドラフト会議では1位指名は大学生が独占。高校生は外れ1位が3人のみという高校生の不作が目立つドラフトだった。

その後も1992年生まれでプロで活躍した選手は少なく、2014年現在まで不作の世代とされている。

2014年のドラフトは高校生大豊作[編集]

2010年のドラフトで高校生の1位指名がなかったのはその年の大学4年生(1988年度生まれ)がいわゆるハンカチ世代と呼ばれる近年まれに見る大豊作だったことも原因だった。

それから4年経ち1992年度生まれが大学4年生となって迎える2014年のドラフトでは今度は高校生が安樂智大投手を中心に史上最強ともいえる大豊作の年になった。一方で大学生は不作と言われており、豊作の1996年度生まれの高校生相手に1992年度生まれの大学生は苦戦が予想される。
下手すると今度は1位指名は高校生と社会人が独占して大学生は外れ1位しかない事態もありうるかもしれないとされる。

このように高校3年生のドラフトでは大学生が大豊作で、大学4年生のドラフトでは高校生が大豊作という2つの豊作世代にぶつかる不運も1992年生まれの悲劇の特徴である。

2009年の高校野球は1・3年生が活躍した大会[編集]

1992年度生まれが高校2年生だった2009年の高校野球は1年生と3年生が活躍した大会だったといえる。
花巻東高等学校菊池雄星投手、中京大中京堂林翔太投手、明豊高校今宮健太選手など3年生のドラフト候補達に負けない活躍を見せた下級生の中には1年生最速の148km/hで衝撃デビューを飾った帝京高校の伊藤拓郎投手がいる。他にも九州国際大付高校の三好匠選手や敦賀気比高校の吉田正尚選手など楽しみな1年生が多かった中、2年生の活躍があまり見られなかった大会となる。
もっとも、夏の甲子園で中京大中京の優勝時にマウンドに立っていたのが2年生の森本隼平投手だったというのが救いといえば救いであるものの、日本文理高校の9回裏2アウトからの奇跡のインパクトが強すぎて影が薄くなったことも事実である。

その上、その年の秋季大会ではさらに1年生の活躍が目立ち、明治神宮大会はレギュラーに1年生が6人と下級生主体の大垣日大高校が優勝。結果的に2009年の段階で1992年度生まれが不作という話は、各球団のスカウトからはよく見えていた模様。

2010年は高校サッカー・軟式野球でも2年生の活躍が目立つ[編集]

2010年の高校スポーツは高校サッカーでも2年生の活躍が目立つ大会だった。インターハイの得点王は市立船橋高校の2年生和泉竜司選手にもっていかれ、軟式野球でも2年生の活躍が目立ち、決勝戦でサヨナラヒットを打ったのは能代の2年生佐藤佑亮選手だった。

オリンピック、メダリストなし[編集]

野球・サッカー以外のスポーツも1992年生まれは不作である。その証拠に2014年のソチオリンピック終了時点で、1992年生まれの日本人はまだ個人競技のメダリストが1人もいない。ただ、年齢的にはまだまだ見込みも可能性もあり、2016年、2018年、2020年の活躍に期待したいところである。

この年代のオリンピック初代表は2008年北京オリンピックの体操の鶴見虹子選手で、オリンピックデビューは比較的早かったものの、体操女子は未だに層が薄く、メダルに届くには厳しい状態である。

もっとも、学年という範囲で見れば団体競技でロンドンオリンピックの卓球女子団体で石川佳純選手(1993年2月生まれ)が銀メダル、女子サッカーで岩渕真奈選手(1993年3月生まれ)が銀メダルを獲得しているが、年度ではなく西暦範囲の1992年生まれは団体競技のメダリストすら輩出していない。

ちなみに1991年・1993年生まれも個人競技のメダリストはいないが、団体競技は1991年生まれはロンドンオリンピックアーチェリー女子団体の川中香緒里選手の銅メダル、1993年生まれはロンドンオリンピック体操男子団体の加藤凌平選手の銀メダル、ソチオリンピックスキージャンプ男子団体の清水礼留飛選手の銅メダルがある。

けれど、もっとも肝心な金メダリストについては1994年生まれの羽生結弦選手が平成生まれ第1号となり、2014年5月現在、1989年~1993年度生まれはまだ個人競技・団体競技ともに金メダリストがいないものの、まだまだ年齢的には可能性もあり、2016年、2018年、2020年の活躍に期待したいところである。

芸能[編集]

芸能界では豊作の1つ上と1つ下に挟まれて谷間世代[編集]

芸能界にも1992年度生まれの有名人は少なく、不作の年と言われているが、まだまだ年齢的に若いこともあり、将来大化けする可能性もあり得るので、不作とは決めつけず、長い目で今後伸びる可能性に期待したいところである。

国民的アイドルAKB48では、前田敦子板野友美高橋みなみなど黄金世代と言われる1991年度生まれと、渡辺麻友島崎遥香など次世代エースが揃う1993年度生まれに挟まれて、1992年度生まれは谷間世代と言われる。ただ、AKB48においては1991年~1993年度生まれと松井珠理奈らの1996年度生まれに挟まれた1994年度生まれや1995年度生まれはさらに影が薄い真の谷間の世代というべき存在なので、AKBグループにおいて1992年度生まれはまだ恵まれた境遇にあるといえよう。

また指原莉乃峯岸みなみなどスキャンダルが多い世代でもある。

そんな中2013年のAKB総選挙では指原莉乃が1位となり、大変珍しくも芸能の世界で初めて1992年度生まれが活躍した形になった。さらに、2014年12月には横山由依がAKB48の次期総監督に選ばれるなど、ここにきて活躍の場が広がりつつあるのも事実である。

他にもCMに多く出演している剛力彩芽、2011年に主演ではないものの「家政婦のミタ」で視聴率40%を記録した忽那汐里、2013年のYoutube年間再生回数1位のきゃりーぱみゅぱみゅなど、芸能界では少なからず1992年生まれにも有名人は出始めている。けれど、やはりアクが強いことは確かである。しかし、まだまだ若く先は長いので、今後伸びる可能性に期待したいところである。

声優も不作[編集]

声優界でも早見沙織寿美菜子悠木碧東山奈央上坂すみれなど豊作の1991年度生まれと、佐倉綾音大坪由佳石原夏織などを擁する1993年度生まれに挟まれて、1992年度生まれは不作の世代となっている。

さらに年下にも1994年度生まれに日高里菜、1995年度生まれに小倉唯がいる中で、1992年度生まれは有名声優が1人もいないという不作ぶりである。

ただ、1992年度生まれはまだ年齢的にも若く今後伸びる可能性もあり、不作と決めつけるにはまだまだ早いので、今後の可能性に期待したいところである。

学力[編集]

現役東大合格率最低[編集]

1992年度生まれの学力は決して低い訳ではないものの、東大の現役合格率は近年最低だった。
もちろん、前述の東日本大震災による影響もある。

数学オリンピックのメダルはたったの3個[編集]

2010年は数学オリンピックの日本代表も1・2年生中心だった。
日本が獲得したメダル5個のうち3個は1・2年生で、1992年度生まれの高校3年生が獲得したメダルはたったの2個だった。
2009年の2年生のメダルは1個のみで、1992年度生まれの3年間メダル数はたったの3個。

1つ上の1991年度生まれが好成績を残しただけにあまりに情けない結果だった。

将来[編集]

1992年度生まれは幸いにして2014年末現在でも22歳とまだまだ若いうえに伸びる余地も大きく可能性も充分拓けており、今後は成長とともに大化けして悲劇の世代の汚名を返上する可能性もあり得るので、考えようによってはある意味今後に期待が持てる世代ともいえる。悲劇の世代と呼ばれるのも1992年度生まれには決してマイナスである訳ではなく、これを踏み台にして前途洋々たる将来に向けてのチャンスが与えられているといえなくもない。

悲劇の世代の鉄道車両[編集]

1992年生まれの不運は人間だけではない。鉄道車両にも1992年生まれには不運な車両がある。
1992年生まれの東急田園都市線の2000系電車は、車両数が3本のみと少ないこととGTO素子のVVVFインバーター制御のため誘導障害が懸念されてか、東武非乗り入れ車両となっている。
そのため運用が少なく、日中は車庫で寝てることが多く「長津田警備員」と揶揄されることもあるほどだ。

それ以外の悲劇の世代[編集]

1992年度生まれ以外にも悲劇の世代はあるのかどうか、検証してみた。

1993年度生まれ[編集]

生まれる直前にバブルが崩壊したのは1992年度生まれと同じ。生まれた年にサッカーのドーハの悲劇が起きて宇宙兄弟の主人公のようなドーハの悲劇生まれの人もいただろう。

この世代が高校3年生になる直前の2011年3月11日、東日本大震災が発生し高校3年生で迎える春の高校スポーツ大会の多くが中止になった。選抜高校野球大会も中止が噂されたものの何とか開催されたが、開会式は入場行進が中止され、応援の鳴り物も禁止になり、延長戦ゼロ劇的な逆転試合ゼロナイターゼロで、大会全体で粛々としたムードで行われ、高校野球史上稀に見る盛り上がりに欠ける大会になってしまった。
震災の影響で盛り上がらないムードは夏の高校野球選手権にも続き、さらに2011年7月になでしこジャパンがFIFA女子ワールドカップで初優勝を達成したことで、高校野球を含めてこの年の男子スポーツ全てがなでしこブーム・女子スポーツブームの影響で盛り上がらなかった。
2011年末・2012年正月に行われた高校サッカー選手権(ちなみに90回の記念大会だった)もなでしこブームの影響で盛り上がらず、さら日本サッカー協会会長が澤穂希のバロンドール授賞式に出席するためにこの年だけ閉会式がサッカー協会会長不在だった。

このように大事な高校3年生の高校スポーツを東日本大震災となでしこブームで台無しにされたのが1993年度生まれである。

しかし高校入学式・修学旅行・高校卒業式・成人式では特に大きな天災は起きず、芸能人やアイドルは豊作の世代でスポーツも1つ下の1994年度生まれほどではないものの有名な選手が多くいるので、1992年度生まれに比べれば悲劇の世代ではない。またなでしこジャパンがワールドカップで優勝する1年前の2010年のFIFAU-17女子ワールドカップで準優勝した世代であるので、女子サッカー界では「黄金世代」「プラチナ世代」と呼ばれることがある。

1995年度生まれ[編集]

生まれた年の1月17日に阪神淡路大震災、3月20日に地下鉄サリン事件が発生し、世間から不吉に思われてる年に生まれた(とはいえ阪神淡路大震災も地下鉄サリン事件も1月~3月に発生してるのでその日に生まれた人は1994年度生まれである)。

小学校に入学する年の2002年にゆとり教育が始まり、小中学校で土曜日に授業を受けたことがない最初の世代になる。そして中学校を卒業したあとの2011年に脱ゆとり教育が実施されたため、もっとも長くゆとり教育を受けた世代になってしまった(そのためゆとり教育を実施しない私立中学に入った者も多く、2008年の私立中学受験率は過去最高であった)。

中学卒業時期の2011年3月11日に東日本大震災が発生し、中学卒業式や高校入学式が延期になる事態になった(ちなみに3つ上の1992年度生まれの高校卒業式は震災前に行われる学校が多い中、中学卒業式はまだ行われてない学校がほとんどだった)。

高校3年生で迎えた2013年の高校野球は、春の優勝投手は埼玉浦和学院の2年生小島和哉投手、夏の優勝投手は群馬前橋育英の2年生高橋光成投手と、春夏連続で優勝投手を2年生にもっていかれ、高校野球史上数十年ぶり(戦時中の中止を除いて史上初かもしれない)に甲子園優勝投手を出せなかった世代になってしまった。春に至っては準優勝投手も愛媛済美の2年生安楽智大投手である。

1992年度生まれ同様芸能・スポーツともに不作の世代であり、スポーツではフィギュアスケートの羽生結弦選手や野球の藤浪晋太郎選手、大谷翔平選手などがいる1994年度生まれとスキージャンプの高梨沙羅選手や体操の白井健三選手などがいる1996年度生まれに挟まれて谷間世代になっている。
しかしソチオリンピックでスノーボードの平岡卓選手が銅メダルを獲得し、スポーツにおいては1992年度生まれに比べて優位に立った形になった。ただ、AKB48グループをはじめとしたアイドルの世界においてはこれといったみるべき者がおらず、1992年度生まれの後塵をも拝しているのは確かである。

1992年度生まれと似たような境遇だが、1992年度生まれほどではないと思われる。

1996年度生まれ[編集]

男子サッカー選手にとっては1996年4月2日~12月31日生まれも不運な世代である。
2014年に国立競技場の改修工事が始まり、高校3年生で迎える2014年の高校サッカー選手権を国立競技場でプレーできない。
その上2020年の東京オリンピックの年には24歳になってしまい、東京オリンピックにはギリギリ出場できないのだ。
つまり1996年4月2日~12月31日生まれのサッカー選手はもっとも国立競技場でプレーする機会が少ない世代となってしまったのだ。

もちろん男子サッカー限定の話で、体操の白井健三選手をはじめ男子サッカー以外の競技では24歳というもっともいい年齢で東京オリンピックに出場できる幸運な世代である。

脚注[編集]

  1. 【高校野球】夏の甲子園、好投光った2年生投手の逸材たち
  2. 大味なイメージを残した今夏の甲子園
  3. 高校2年生にスラッガーの素質秘めた強打者揃う

外部リンク[編集]

関連項目[編集]

ウィキペディア無し small.png
ウィキペディアにも「悲劇の世代」の項目が執筆されていましたが、削除されてしまいました