細川ふみえ

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細川 ふみえ

細川 ふみえ(ほそかわ ふみえ、本名:細川 典江) 、1971年9月2日 - )は、日本の元グラビアアイドルタレント女優歌手。愛称はフーミン

来歴[編集]

細川 ふみえ

青森県むつ市田名部生まれ。父親が海上自衛官防衛大学校卒、定年退職時は海将補)であったため転勤が多く、4歳までを広島県江田島千葉県館山市で育ち、その後約1年をハワイ、帰国後は神奈川県横須賀市、中学生時代を青森県むつ市大湊など、転々とした。我孫子市立湖北台中学校卒業、千葉県立柏南高等学校中退。

1990年12月、芸能界にデビュー。雑誌ORE」の巻頭で、眼帯ブラと呼ばれたビキニ姿を披露。90cm・Fカップのバスト(当時)を武器に、その後の巨乳グラビアアイドルの草分けとして活躍。1992年、フジテレビ「F-PROMOTION」イメージガールを務め、レースクイーンとしても注目される。

デビュー時から野田義治が社長を務めていたイエローキャブに所属していたが、2000年6月に個人事務所「ウエルメイド」を設立し独立。

1999年7月、大道芸人との婚約を発表するが、2005年3月に婚約を解消。2007年4月に不動産会社を経営する男性とサイパンの教会で挙式したが、その男性が妻帯者だったため、重婚疑惑が持ち上がった。前妻の離婚成立後の同年11月に入籍。同年12月に第一子となる男児を帝王切開で出産。

細川の夫が経営していた不動産会社が2009年3月に事業を停止し、事実上の倒産。総額20億円以上の負債を抱えたと報じられている。

2009年12月、一部スポーツ紙に離婚した事が掲載された。同月、38歳にしてヘアヌード写真集『Fumming』を発売した。

現在、芸能活動は休業状態であるが、事務所公式ホームページで仕事復帰の意思を表明しており、また当時の所属事務所社長・野田義治とも連絡や相談をするなどの交流がある。

エピソード[編集]

細川 ふみえ
  • 中学生の頃は同年代の女子と比較しても胸が小さい方で、細川はこの事に非常にコンプレックスを抱いており、女性としての魅力も半減であると考えていた。10代後半になると体格もよくなり、どちらかというとポッチャリ体型になった。この頃にはバストも大きく成長していたのだが、本人にその自覚がなく「バストが大きくなったのではなく、体全体が太ったために胸も太っただけだ」と思い込んでいたという。そのために恥ずかしさのあまり下着専門店などで採寸や試着することもせず、近くのデパートやスーパーの下着売り場でBカップのブラジャーをデザイン優先で選んで購入していた。しかし、本来のバストサイズに合わないブラジャーは窮屈で、酷い肩こりも併発するようになったため知人に相談したところ「下着のサイズが合っていないのでは」と指摘される。初めて足を運んだ下着専門店で採寸して貰うと既にFカップに成長していたことが判明。バストの膨らみを押し潰さず、アンダーも体に合ったブラジャーを着用するようになると、Fカップの胸のラインが強調された。永らく欲していた豊かなバストを得た喜びに満足していたが、周囲から好奇の視線がバストに集まることに気付くと、今度はその大きな胸が恥ずかしくなり、外出の際にはバッグや本を胸元で抱えて隠すようにしていたという。一方で、異性から声を掛けられる機会が多くなり、女性としての自信がついたことも否定しない。
  • デビューからプロフィール上は千葉県出身とされ、以前のインタビューなどでは、広島やハワイにも住んだことがあると話していたが、青森に住んだことは隠しているようなところがあった。しかし近年は本人みずから「本当は青森県出身であり、故郷が青森県である」という内容をTBSアッコにおまかせ!』およびNHKおーいニッポン 今日はとことん青森県』にゲスト出演した際に話している。
  • 2006年9月30日放送のTX出没!アド街ック天国』の「下北大間」の回に下北出身者としてゲスト出演した際には、釜臥山を誇りに思う内容を述べている。出身中学である大湊中学校が釜臥山のふもとにあることから愛着があるようである。
  • CX『とんねるずのみなさんのおかげです』の「太陽にほえるな!」(『太陽にほえろ!』のパロディ)にゲスト出演した際、とんねるず石橋貴明から胸を触られる、胸に顔をうずくめられるなど多くのセクハラをされる(石橋貴明は「細川ふみえの胸は大きいマシュマロみたい」と公言している)。
  • CDデビュー時に、細川にインタビューした記者の話によると「とにかく良い人」とのこと。また、バスロマンの共演者も「ほんっとに良い人」と、その人柄は誉れ高い。
  • 1994年の結党された新進党の党名公募審査員を務めた。

妖怪ウォッチにパロディ出ている。ねぶたのストーリーを最後に出ていない。声優はコマと同じ。このストーリーは2016年3月12日に再放送放送された

ビートたけしバイク事故[編集]

たけしは1994年(平成6年)8月2日午前1時40分、当時関係を持っていた細川ふみえのマンションへ向かうため原付バイクで東京都新宿区の安鎮坂付近を走行中に自損事故を起こして重傷を負った。事故後は東京医科大学病院に救急搬送されて一命を取り留めたものの、長期の入院などにより約半年間に渡ってテレビ出演が出来なくなった。また、事故は酒気帯び運転によるものであったために書類送検され、起訴猶予処分を受けた。

退院時、暫くは顔面の半分が麻痺した状態であった。リハビリにより回復したが、退院会見では「頭にボルトが入っていて飛行機の金属探知機に引っかかる」「顔面麻痺が治らなかったら芸名を顔面マヒナスターズにします」と、自らの怪我をネタにした。翌年3月4日の平成教育委員会でテレビ復帰し、その後レギュラー番組にも復帰した。

テレビ朝日『やじうまワイド』で、大島渚は「僕は彼の心情を想うと、友人として何も言う気にはなれない」とコメントした。

この事故で生死の境を彷徨っていた時、たけしの夢の中に、事故の前年に亡くなった親友の逸見政孝が出てきたという。たけしは、「あれは、まだ俺は死んじゃいけない。って逸見さんが言いに来てくれたんじゃないかな」と、退院後のインタビューで答えた。

ジョージアのCMへの出演が決定していたが、この事故のために撮影が中止された。

細川ふみえ「月収10万で生活保護寸前」の貧困生活に(2014年)[編集]

かつて「お色気タレント」として男性から絶大な支持を得ていた細川ふみえ(42)。ファニーフェイスと巨乳、そして“ちょっとアホな感じ”がウケ、北野武ら芸能界の大御所もメロメロだった。しかし2007年に8歳年上の不動産会社社長と結婚したことから雲行きは怪しくなった。

細川は現在、都心のマンションに幼稚園児となった息子と二人で暮らしているという。

祖父である細川の父は「お受験をしてほしい気持ちもあったが、私立に通わせる金銭的余裕はない」と嘆き、「ふみえの月収は僅か10万円で、幼稚園の保育料も最低限に設定してもらっているほど」と続ける。息子を両親の元や保育園に預けて働きに出る選択肢はないのか疑問であるが、「男性誌の表紙に出たりすると、前夫の借金の取り立てが来たり、孫がいじめられる可能性もある」「撮影のために3日間家を空けるなんてこともできない」という理由で、仕事は年に1~2本しか受けていないそうだ。

結婚と離婚を初告白した細川ふみえ「ママタレでは厳しい」の声(2014年8月)[編集]

タレント・細川ふみえ(42)が7年ぶりに公の場に姿を現し、初めて結婚・離婚について語った。7年前、不動産会社経営の男性と“重婚騒動”の末に入籍。騒動を説明することなく芸能活動を休止した。2年後に離婚し、現在はシングルマザーとして長男(6)を育てている。

20日、都内で映画「マルティニークからの祈り」(29日公開)の特別試写会に出席し、トークショーを行った。イベント前、報道陣に「マスコミの皆様へ」と題した文書を配布。そこには「詳細もお伝えせず、雲隠れするように芸能活動の休止に至り、誠に申し訳ないことをいたしました」などと記した。

イベント後に取材に応じた細川は「申し訳ありません」と改めて謝罪。7年前、芸能マスコミに追われながら事情を一切説明しなかったことについては「子供がおなかにいて、ドキドキハラハラすることを経験しない方が妊婦はいいと言われていたので…。タイミングを逃したまま今日まで至った」と話した。

映画のイベントにもかかわらず、わざわざ7年前の騒動を持ち出して謝罪したのは、明らかに復帰を見すえてのもの。ただ以前のような水着やヌードなど“肉体派”ではなく「ママタレント」として活動したいようだ。

その第1弾として細川は、子供に絵本の読み聞かせをするイベントを23日に予定。この日も子供と海に行った話をするなど「子育てするママ」を徹底的にアピールした。

だが“ママタレ”となるとイメージが大切。

重婚とかヘアヌードのイメージが強い細川は敬遠せざるを得ない」(テレビ局関係者)なんて声も。

出版関係者も「かわいそうだけど彼女の場合“肉体派”としてしか需要がないのでは。芸能活動を休止していた際、前夫の借金返済のためへアヌード写真集まで出したのだから、期待されるのは熟女ヌード。AVに出るなら多額のギャラを出すメーカーもあるでしょう」とみる。

細川は「できることをやっていきたい」と話したが、どうなるか。

出演[編集]

映画[編集]

細川 ふみえ

テレビドラマ[編集]

細川 ふみえ

オリジナルビデオ[編集]

バラエティ番組[編集]

ノンストップ。(2016年1月7日。フジテレビ。)ヤフー乗っていた

舞台公演[編集]

細川 ふみえ

コマーシャル[編集]

ゲーム[編集]

書籍[編集]

1991年[編集]

細川 ふみえ

1992年[編集]

1993年[編集]

1994年[編集]

細川 ふみえ

1995年[編集]

1997年以降[編集]

音楽作品[編集]

シングル[編集]

細川 ふみえ
  1. スキスキスー (1992年9月26日
  2. にこにこにゃんにゃん (1993年2月25日
  3. だっこしてチョ (1993年7月1日
  4. ポチに八つ当り (1994年2月25日

アルバム[編集]

  1. SUKI SUKI スキャット (1992年11月26日
  2. HIT & HEAL "Sweet & Lovely" Collection '92-'94 (1994年4月25日
    • ベストアルバム

コンピレーションアルバム[編集]

NHK みんなのうた[編集]

イメージビデオ[編集]

  • 2006年 睛(DVD)
  • 2006年 魅つめて(DVD)

外部リンク[編集]

細川ふみえの画像[編集]

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