虚構記事

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虚構記事(きょこうきじ、:Nihilartikel)とは、辞書百科事典類に故意に混入されている、虚構の記事・項目である。虚構記事は一般に、架空の事物をでっち上げ、それがあたかも実在の事物であるかのように記述するスタイルをとる。架空の実物を事実どおり架空のものとして説明している記事は、虚構記事とは呼ばれない(例:エルキュール・ポアロ)。つまり、虚構記事とは単純に「虚構について書かれた記事」を意味するのではなく、「記事そのものが虚構」である場合をいうのである。

このような記事をドイツ語で「Nihilartikel」(ニヒルアルティーケル、「nihil」はラテン語で「虚無」、「Artikel」はドイツ語で「記事」を意味する)と呼ぶが、英語でもそのまま訳されずに借用語として「Nihilartikel」が使われることが多い。虚構記事を指す言葉として、英語ではそのほかに「Mountweazel」(マウントウィーゼル)という用語が用いられることもある。この用語は、1975年版の『新コロンビア百科事典』に挿入された虚構の人物記事「Lillian Virginia Mountweazel」(リリアン・ヴァージニア・マウントウィーゼル、これについては後述)に由来するもので、この虚構記事を紹介した『ニューヨーカー』誌の記事 [1] で用いられた。

概要[編集]

事典等で記事を探す場合、通常は外部からの参照を手がかりにするが、虚構記事には一般にこのような参照が存在しない。それゆえ、虚構記事は多くの場合、たまたまページをめくっていて目に付くという仕方で発見されるしかない。しかし虚構記事であっても、人目につきやすいように他の事実について述べた項目と深く関連付けられている場合がある。

例えば単純なパロディの形式をとる場合がそうだが、虚構記事は一見してすぐにそれとわかる仕方で書かれている場合が多い。しかし場合によっては、現実の項目を真似て巧みに偽装されたものも存在する。また、同一の虚構記事が複数の事典から発見されるような場合、そのこと自体が権威付けとなって欺かれやすくなるだろう。虚構記事は一般に、事実について述べた項目と同じスタイルで書かれる。人物記事などはスタイルが特徴的なため模倣しやすく、このことが、虚構記事の多くが人物記事の形式をとっていることの一因であろう。

虚構記事の発見は、事典編纂者と出版社によって仕掛けられる一種のゲームだといえる。しばしばゲームは学術的パロディや風刺に発展し、他の事典や学術誌にまで波及することもある。また非常に古い事典の場合、どれが虚構記事なのかを調査するための手立てがすでに失われていることもしばしばであり、そのようなケースでは、読者はただ怪しそうな記事についてあれこれ思弁をめぐらせるよりほかない。

文学ジャンルとしての分類[編集]

様々な種類の偽物が存在するなかで、虚構記事はどのように分類されるのだろうか。ウンベルト・エーコ1967年に発表した論文「記号論ゲリラ戦に向けて」[2]の中に、その分類のための手がかりをみることができる。

我々は日々、メディアから流される情報・メッセージにさらされ続けている。エーコによれば「文化ゲリラ」の目的とは、こうした情報・メッセージに対し各自が批判的まなざしを向けることを促進するためのツールを提供することにある。ニセの情報は人々を立ち止まらせ、注意を喚起する。特定メディアが依拠しているコミュニケーション技術に対して、批判的理解を持つことを強いるからである。これはメタコミュニケーションの一形態であり、このようなニセ情報を通じて、メディアの権力に対し受動的になりがちな公衆を教育することができる。事典類に含まれる虚構記事も、このようなエーコの言う「文化ゲリラ」の一種とみることができるかもしれない。

虚構記事を作る動機[編集]

虚構記事は単純ないたずら心から作られるだけではなく、他の動機から混ぜられることもある。主な目的としては、著作権侵害をする者をひっかけるというものが挙げられる。巨大な著作のなかに小さな誤情報を混入させておけば、それをまるごと盗用する者は誤情報も一緒にコピーするはずであり、これによって盗用であることが立証しやすくなる。これは、地図にしばしば掲載されるトラップ・ストリート(故意に描かれる実在しない通り)や、電話帳に混入される実在しない電話番号と目的が似ている。

また、読者にその分野に関する誤った知識を刷り込むことのみを目的として作られた捏造のたぐいは、単純に虚構記事に分類してしまうことはできないと一般に考えられている。

虚構記事の例[編集]

公式情報源[編集]

ヤーコプ・マリア・ミーアシャイト
ドイツ連邦議会の議員目録には、「ヤーコプ・マリア・ミーアシャイト」(Jakob Maria Mierscheid) という名の架空の議員名が掲載されている。この人物は1933年3月1日に生まれ、1979年12月11日以降、連邦議会議員を務めていることになっている。ヴァイマル共和政期に、社会民主党員がレストランでの支払いを逃れるため、架空の議員をでっち上げたのがこのミーアシャイトの由来だとされる。ドイツ連邦議会のサイトにはミーアシャイトの公式経歴が掲載されている[3]
笑っていいとも板
『2ちゃんねる公式ガイド2002』の第4章「2ちゃんねるほぼ全板ガイド2002」には、「笑っていいとも板」という匿名掲示板2ちゃんねるにあるとされる架空の板のガイド記事が含まれていた。ガイドによると、この板はテレビ番組「森田一義アワー 笑っていいとも!」専用板で、名無しの名前は「名無しでいいとも」とされていた。これはジョークとして混入されたものと考えられる。

辞書・事典類[編集]

『アップルトンのアメリカ人名事典』
1887年から1889年にかけて出版された全6巻本のこの事典[4]は、アメリカ史上最初の本格的な人名事典として、研究者や学生に愛用されていた。しかし出版されてから30年後の1919年植物学者のジョン・バーンハートがこの事典の信頼性に疑義を呈する論文を発表する[5]。バーンハートはその論文で、この事典に記載されている何人かの植物学者が架空の人物である可能性を示唆した。これをきっかけに調査がはじまり、その結果、200以上の記事が実在しない人物に関するものだと判明した。その多くは、19世紀に新大陸を調査したとされるヨーロッパの架空の科学者だった。虚構記事を多数含むことが判明したのち、この事典は多くの図書館から撤去された。1968年にはゲイル・リサーチ・カンパニー (Gale Research Company) がこの事典を再版したが、この際にも虚構記事はそのままにされ、また虚構記事を多数含むことを知らせる注意書きも付け加えられなかった。虚構記事を執筆した人物については知られていないが、おそらく原稿料を水増しするために記事をでっち上げたのだろうと推測されている。
ズズクスジョアンウ
1903年に出版された『音楽愛好者のための事典』[6]には「ズズクスジョアンウ」 (Zzxjoanw) という項目が掲載されており、これはマオリ語太鼓を意味するとされていた。この記載は1950年代の版まで続いたが、マオリ語にはそもそも Z, X, J で転写される音素が存在しないことから、これが虚構記事であることが判明した。
リリアン・ヴァージニア・マウントウィーゼル
代表的な1巻本百科事典として知られる『新コロンビア百科事典』の1975年[7]には、「リリアン・ヴァージニア・マウントウィーゼル」(Lillian Virginia Mountweazel) という架空の人物記事が含まれている。記事によると、マウントウィーゼルは1942年生まれの噴水デザイナー兼写真家だった。田舎の郵便受けの写真を撮りつづけたことで知られ、雑誌『可燃物』に依頼された仕事中に爆死したとされていた。
『ニューグローヴ音楽大事典』
1980年版『ニューグローヴ音楽大事典』[8]の第1刷には、二つの虚構記事が含まれていた。ひとつはイタリアの架空の作曲家「グイッリェルモ・バルディーニ」(Guiglelmo Baldini) についてのものであり、もう一つは「ダグ・ヘンリーク・エスロム=ヘレロプ」(Dag Henrik Esrum-Hellerup) というデンマーク出身の実在しない作曲家の記事だった。フルート奏者、指揮者でもあったエスロム=ヘレロプは、クリスチャン9世に仕えた宮廷音楽家を父にもち、1850年に作曲されたオペラ(現在では散逸)はスメタナにも激賞されたとされていた。「エスロム=ヘレロプ」という姓は、コペンハーゲンにある二つの鉄道駅の名前からとられたものだった。この版ではもう一つの虚構記事「ラザーニェ・ヴェルディ」(Lasagne Verdi) も計画されており、編纂者の間では原稿が回覧されていたが、印刷所に回される直前に撤回された(「Lasagne」とはラザニアのことである)。(なお日本語版では、編纂者の間で虚構記事の存在が周知され、慎重に取り除かれたと言われている。)
アポプドバリア
1986年ドイツで出版された『新パウリー古代百科事典』[9]には、「アポプドバリア」(Apopudobalia) と呼ばれる、古代ローマに存在したとされる架空のスポーツの記事が含まれていた。記事によるとこのスポーツは現代のサッカーに似ており、ローマ軍団の間で人気を博し、それがやがてグレートブリテン島に伝わったとされていた。
石ジラミ
1983年にドイツで出版された医学辞典『シレンベル臨床辞典』[10]には、「石ジラミ」(Steinlaus, 学名Petrophaga lorioti)という架空の生物に関する記事が掲載されている。この生物はもともと、漫画家のヴィッコ・フォン・ビューロウ (Vicco von Bülow) が1976年に考案したもので、学名はビューロウのペンネームである「Loriot」からとられている。設定によるとこのシラミは、一日あたり28キログラムの石を食い荒らすとされている。石ジラミの記事1996年にはいったんは削除されたが、読者からの要望で翌年には復活し、その際にはベルリンの壁崩壊との関連を述べた節が追加されている。
エスキヴァリエンス
『新オックスフォード米語辞典』の2001年[11]には、「esquivalience」(エスキヴァリエンス)という見出し語の虚構記事が含まれていた。これはCD-ROM版の著作権を守るために混入されたもので、編纂者の一人であるエリン・マッキーンもこれが虚構記事であることを認めている。この語の意味は、「意図的に自分自身の公的責任を逃れること」と説明されている。
酢豆腐
広辞苑』の第三版には、「酢豆腐」についての虚構記事が含まれていた。本来の酢豆腐は落語ネタ酢豆腐の若旦那からくる半可通を意味する言葉であり酢豆腐という食べ物も実在しない。しかし、広辞苑では「豆腐料理の一種」などと記載されていた。

トリヴィア本など[編集]

『金の七面鳥賞』
映画評論家のマイケル・メドヴドとハリー・メドヴドの書いた本『金の七面鳥賞』[12]は、古今の最低映画を収集し顕彰したものだが、このなかには一つだけ実在しない映画が含まれているという。これは読者のためのクイズとして混入されている。
『トリヴィア百科事典』
フレッド・ワースの『トリヴィア百科事典』[13]には著作権侵害対策として、クイズに対して故意に誤った回答を混ぜてあるという。トリヴィアの知識を試すボードゲーム「トリヴィアハンター」(Trivial Pursuit) が発売された際、この著作を下敷きにしていないかどうかをテストするため、この誤りが利用されたといわれている。
都市伝説出典ページ
「snoopes.com」として知られる「都市伝説出典ページ」[14]には「失われた伝説の貯蔵庫」(The Repository of Lost Legends) とよばれる部門があり、ここにはでっち上げられた伝説に関する誤った議論が収録されている。これは、このサイトを出典とすることで自分の主張を権威付けようとする利用者への警告であり、馬鹿げた主張に対してはきちんと出典をチェックすることを促進する目的で混入されている。

料理[編集]

スウェーデン風レモンエンジェル
アメリカの奇術師デュオ「ペンとテラー」(Penn and Teller) による、『ペンとテラーの食べ物で遊ぶ方法』[15]には、「スウェーデン風レモンエンジェル」(Swedish Lemon Angels) という、実際には作ることのできないクッキーのレシピが掲載されている[16]。これはふくらし粉に使われる炭酸水素ナトリウム(重曹)にレモン汁を加えるというもので、これにより炭酸ガスの泡が発生してキッチンが滅茶苦茶になるという帰結をもたらす。このレシピは著作権侵害を防ぐために掲載されたわけではないが、他の料理本やインターネット上のレシピ集には、しばしばこのレシピが(その帰結に言及することなく)掲載されている。

エイプリルフール[編集]

サンセリフ
1977年4月1日の英紙『ガーディアン』には、サンセリフ (San Serriffe) と呼ばれる架空の島国の近況を伝える7ページの追補記事が含まれていた。記事はこの国の独立10周年を祝う内容だった。同紙が伝えるところによれば、サンセリフはインド洋セーシェル諸島近くに位置するが、ある特殊な海流の影響と浸食作用によって、その位置は変化しつつあるとされていた。この島国の首都はボドニ (Bodoni) で、ほかにはクラレンドン港 (Port Clarendon)、アーリアル (Arial) といった地名が存在するとされていた(サンセリフボドニクラレンドンアーリアルは欧文の書体名である)。記事は広告とも連携した凝ったもので、たとえば石油会社テキサコの広告で開催が案内されていたコンテストでは、2週間のサンセリフ旅行が賞品となっていた。この記事が掲載された直後、『ガーディアン』編集部にはサンセリフに関する情報を問い合わせる電話が殺到したという。サンセリフは1978年1980年1999年にもでっち上げ記事に登場しており[17]、これは近年最も成功したでっち上げの一つに数えられている。なお、ウィキペディア英語版の記事「サンセリフ」は、初版が虚構記事のかたちで投稿されている。
『ディスカヴァー』誌
アメリカの科学誌『ディスカヴァー』では、4月号にエイプリルフールのでっち上げ記事がたびたび掲載されている。次の号には決まって、騙された読者からの怒りの投書が寄せられる。有名なものでは、ボウリング大の素粒子「ビゴン」の発見を伝える記事や、南極大陸で発見された新種の生物「アタマワキハダカコオリクイ」(Hotheaded Naked Ice Borer) に関する記事[18]がある。アタマワキハダカコオリクイは骨組織が血管で満たされており、この熱によってを溶かして穴をあけることができるのだという。普段は群れで獲物近くの氷に穴を掘って隠れており、獲物(主にペンギン)が水に跳びこむといっせいに穴から出てきて襲い掛かるとされた。この生物はイタリア動物学者アプリーレ・パッツォ (Aprile Pazzo) によって発見されたことになっていたが、Aprile Pazzo とはイタリア語でエイプリルフールのことである。

その他[編集]

『驚異の動物たち』
オーストラリア古生物学者ティム・フランネリーが画家のピーター・シャウテンと協同で上梓した『驚異の動物たち』[19]地球上に生存する風変わりな動物たちを紹介した本である。しかしこの本には一つだけ実在しない動物が含まれており、どれをでっち上げと特定するかは読者に委ねられている。
ウソ技
1985年から1997年にかけて発行されていた日本のゲーム雑誌『ファミリーコンピュータMagazine』(徳間書店)には、裏技を紹介する「超ウルトラ技」というコーナーが存在したが、このコーナーでは1986年1月号から「ウソ技」(「ウソテク」と読む)と呼ばれる企画が行われていた。これは、掲載された裏技のなかで1つだけ実際には存在しない裏技が混ざっており、それを葉書で指摘すると抽選でプレゼントが当たるというものであった。名目上は懸賞付きクイズという趣旨で行われていたが、実際には他のゲーム雑誌に記事を丸写しされるのを防ぐ目的だったと考えられる。

関連する種類のテクスト[編集]

文学作品[編集]

虚構記事とは現実の百科事典に混入されたフィクションだが、一方で、文字通り「百科事典フィクション」と呼びうるテクストも存在する。例えばホルヘ・ルイス・ボルヘスの短編小説「トレーン、ウクバール、オルビス・テルティウス[20]の語り手は、1917年版『アングロ・アメリカン百科事典』(これは1902年版『ブリタニカ百科事典』の海賊版である)に「ウクバール」という地名を発見し、その後、(こちらは完全に架空の)『トレーンに関する最初の百科事典』という書物に遭遇する。ボルヘスの物語は実在する事物と架空の事物とがないまぜとなった多数の参照から織り成されており、読者はそこで参照されている事項を調べるため、現実の百科事典(あるいは現代ならばワールド・ワイド・ウェブ)へと導かれるだろう。不用意な読者なら、いくつかの虚構記事を仕込んでおくことによって、ボルヘスの創造した架空の事物を実在のものと勘違いしてしまうかもしれない。ウィキペディア英語版の記事「ウクバール」の初版はウクバールが実在の地名であるかのような書き方で投稿されており、実際に虚構記事の体裁をとっていた。

ボルヘスはこのほかにも、架空の書物の書評というかたちをとった文学作品をものしている。同様のスタイルの作品はポーランドのSF作家スタニスワフ・レムによっても書かれており、レムが作中で取り上げている架空の書物を実在のものと勘違いして注文しようとした学者もいたという[21]

筒井康隆『乱調文学大辞典』は、百科事典における虚構記事の存在を逆手に取ったような作品。つまり、「文学辞典」の体裁をとりながら、説明はほとんどが虚構や駄洒落や作者の愚痴で埋め尽くされ、わずかながら真実が含まれている、というもの(何が真実かは一部を除いて明記されていない)。果ては「エッチング」など、文学とは何ら関係のない項目すら含まれる。

ニセ報告書[編集]

関連する現象として、ノンフィクションのスタイルで書かれたでっちあげ文書というのがある。有名なものとしては、1967年に出版された『アイアンマウンテンからの報告:平和の可能性と望ましさについて』[22]が挙げられよう。これは、1966年に『ニューヨーク・タイムズ』紙に掲載された「平和への怯え」から株価が暴落したニュースに刺激され、ポール・リュインらがでっちあげたニセの報告書である。執筆には多くの学者やジャーナリストが協力したとされ、経済学者ジョン・ケネス・ガルブレイスもそのうちの一人だったといわれる。この報告書は、ある政府機関からの依頼で民間の調査委員会がまとめたものとして書かれ、戦争が消滅し完全な平和状態が実現されたあかつきには社会が崩壊すると結論付けていた。そして、戦争肯定的とも受け取られかねないその過激な論旨から、発禁になったのだと設定されていた。これは極端な戦略思考に貫かれたシンクタンク報告書のスタイルを徹底して模倣したパロディだったが、出版された当時、多くの政府関係者がこの報告を本物だと考えたという。

ニセ学術論文[編集]

学術論文のパロディとして書かれたフィクションもよくみられる現象である。このジャンルに属するものは、ドイツの動物学者ゲロルフ・シュタイナーによって創造された架空の動物「鼻行類[23]や、SF作家アイザック・アジモフにより書かれた「再昇華チオチモリンの吸時特性」[24]をはじめとして枚挙にいとまがない。『再現不能結果ジャーナル』[25]や『不可能研究年報』[26]など、こうしたタイプのパロディ論文を扱う専門誌も存在する。専門知識のない読者なら、こういった雑誌に掲載されているパロディ論文を読んで本物だと信じてしまったとしても無理からぬことだろう。また、ソーカル論文の事例のように、極めて論争的意図からパロディ論文が書かれることもある。

その他[編集]

ときには意図的にではなくミスによって、実在しない事物についての記事が混入してしまうこともある。1934年に出版された『ウェブスター新国際英語辞典』第2版[27]の初期の刷には、「dord」という見出し語が掲載されており、この単語の意味は「物理学化学用語で密度 (density) のこと」と説明されてい[28]。しかしこれは、「D or d, cont./density.」と書かれたスリップ(語彙収集に使われるカード)を編纂者が読み誤った結果混入した、実在しない単語だった。

このスリップを書いた人物の本来の意図は、「D」あるいは 「d」(D or d) と略される語のリストに「density」を追加せよ、というものだった。ところが最初の「D or d」の部分を編纂者が誤って「Dord」という一つの単語として認識してしまい、それがそのまま掲載されてしまったのである。スリップの見出し語は強調のため隔字体で書かれれることになっていたが、そのために「D o r d」のようになってしまい、このことが誤りの原因となったと考えられている。この誤りは査読者のチェックをすり抜けて1935年の版まで生き延びていたが、1939年2月28日、編纂者の一人がこの語の語源説明が抜けていることに気付き、調査を開始。その結果、編纂者のミスであることが判明し、版からも取り除かれることとなった[29]

参考文献・資料[編集]

  1. H. Alford, "Ink: Not a Word", The New Yorker, August 29, 2005.
  2. U. Eco, "Towards a Semiological Guerrilla Warfare", reprinted in his Travels in Hyperreality, Harvest Books, 1999 (ISBN 0156913216).
  3. Biographie: Jakob Maria Mierscheid
  4. J. G. Wilson, J. Fisk & S. L. Klos (eds.), Appleton's Cyclopedia of American Biography, D. Appleton and Company, 1887-1889.
  5. J. H. Barnhart, "Some Fictitious Botanists," Journal of the New York Botanical Garden, Vol.20, September 1919, pp. 171-81.
  6. R. Hughes (ed.), Music Lovers’ Encyclopedia, 1903.
  7. W. H. Harris & J. S. Levey (eds.), New Columbia Encyclopedia, 4th ed., Columbia University Press, 1975.
  8. S. Sadie (ed.), New Grove Dictionary of Music and Musicians, MacMillan Publishers, Ltd., 1980.
  9. H. Cancik & H. Schneider (Hrsg.), Der neue Pauly: Enzyklopedie der Antike, Bd.1, 1986 (ISBN 3476014703). 記事原文のスキャン画像がここで公開されている。
  10. W. Pschyrembel, Klinisches Wörterbuch, Walter de Gruyter, 2004 (ISBN 3110176211).
  11. E. McKean (ed.), The New Oxford American Dictionary, Oxford University Press, 2001 (ISBN 019511227X).
  12. H. Medved & M. Medved, The Golden Turkey Awards, HarperCollins, 1980 (ISBN 0207959684).
  13. F. L. Worth, The Trivia Encyclopedia, Berkley Pub. Group, 1984 (ISBN 0441824129).
  14. Urban Legend Reference Pages
  15. P. Jilliette, Penn and Teller's How to Play with Your Food, Random House, 1992 (ISBN 0679416579).
  16. Swedish Lemon Angels, from RecipeSource.
  17. "Return to San Serriffe", The Guradian, April 1, 1999.
  18. "Hotheads", Discover, April 1, 1995.
  19. T. F. Flannery & P. Schouten, Astonishing Animals: Extraordinary Creatures And The Fantastic Worlds They Inhabit, Atlantic Monthly Press, 2004 (ISBN 0871138751).
  20. J. L. Borges,"Tlön, Uqbar, Orbis Tertius", reprinted in his Ficciones, Edit. Emecé, 1944. 邦訳:J・L・ボルヘス、鼓直訳、「トレーン、ウクバール、オルビス・テルティウス」、『伝奇集』、岩波文庫、1993年 (ISBN 4003279212) 所収。
  21. S. Lem & P. Engel, "An Interview with Stanislaw Lem", The Missouri Review, Vol.7, 1984. 邦訳:河合祥一郎訳「果てしなき知をめぐって:読み/認識の不完全性」、ピーター・エンゲルによるスタニスワフ・レムへのインタヴュー、『ユリイカ』、1986年1月号所収。
  22. L. C. Lewin, Report from Iron Mountain: On the Possibility & Desirability of Peace, Dial Press, 1967; Reprinted by Free Press, 1996 (ISBN 068482390X). 邦訳:レナード・リュイン、山形浩生訳、『アイアンマウンテン報告』、ダイヤモンド社、1997年 (ISBN 4478180164)、訳者のサイトから全文がPDF形式で入手可能。
  23. H. Stümpke, Bau und Leben der Rhinogradentia, 1. Auflage, Gustav Fischer Verlag, 1961 (ISBN 3437300830). 邦訳:H・シュテュンプケ、日高敏隆、羽田節子訳、『鼻行類:新しく発見された哺乳類の構造と生活』、平凡社ライブラリー、1999年 (ISBN 4582762891)。
  24. I. Asimov, "The Endochronic Properties of Resublimated Thiotimoline", Astounding Science Fiction, March 1948. 邦訳:アイザック・アシモフ、浅倉久志訳、「再昇華チオチモリンの吸時性」、『母なる地球:アシモフ初期作品集 3』、ハヤカワ文庫、1996年 (ISBN 4150111553)。
  25. The Journal of Irreproducible Results
  26. Annals of Improbable Research
  27. W. A. Neilson (ed.), Webster's New International Dictionary of the English Language, 2nd ed., G. and C. Merriam Company, 1934.
  28. The Mysterious "Dord", from fun-with-words.com
  29. P. B. Gove. "The History of 'Dord'", American Speech, Vol.29, 1954, pp. 136-138.
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