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南関東直下地震は、M8クラスの[[関東地震]]や[[東海地震]]に比べれば想定される震災被害の範囲は小さいが、プレート間地震が内陸で起こる「直下型」であるため震源付近では甚大な被害が発生すると考えられる。
 
南関東直下地震は、M8クラスの[[関東地震]]や[[東海地震]]に比べれば想定される震災被害の範囲は小さいが、プレート間地震が内陸で起こる「直下型」であるため震源付近では甚大な被害が発生すると考えられる。
  
世界最大の[[再保険]]会社である{{仮リンク|ミュンヘン再保険|en|Munich Re}}が2002年に発表した、大規模地震が起きた場合の経済的影響度を含めた世界主要都市の自然災害の危険度ランキングでは、東京・横浜が710ポイントと1位で、167ポイントで2位の[[サンフランシスコ]]と大差がつき、首都圏での震災を含めた災害リスクの高さが表れている。
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世界最大の[[再保険]]会社であるミュンヘン再保険が2002年に発表した、大規模地震が起きた場合の経済的影響度を含めた世界主要都市の自然災害の危険度ランキングでは、東京・横浜が710ポイントと1位で、167ポイントで2位の[[サンフランシスコ]]と大差がつき、首都圏での震災を含めた災害リスクの高さが表れている。
  
 
また[[東京]]は[[江戸時代]]より日本の中心として都市機能を集約しており、戦後の[[高度経済成長]]によって日本が国際的な位置を確立し始めた時には、東京は日本だけでなく世界[[経済]]の中枢としても重要な位置を確立した。現在でも国内主要企業の本社のほとんどが集中する[[経済]]の中心地、また[[国会]]や[[中央省庁]]が集まる[[政治]]の中心地ゆえ、直下型地震によって経済活動や[[国家]]の[[安全保障]]に甚大な被害を及ぼす事態も予想されている。また、周辺を含めた[[首都圏 (日本)|首都圏]]にも[[横浜市]]・[[川崎市]]・[[相模原市]]・[[千葉市]]・[[さいたま市]]などの[[大都市]]があり全体的に人口密度が高く、[[京浜工業地帯]]・[[京葉工業地域]]・[[鹿島臨海工業地帯]]などの[[工業地域]]、[[横浜港]]・[[川崎港]]・[[千葉港]]などの重要[[港湾]]機能がある。このように人口や機能の集中する首都圏において大地震が発生し、その機能が麻痺状態に陥った場合のリスクは極めて高いものと想定されており、これが他地方への[[首都機能移転]]を主張する意見の一根拠にも用いられている。
 
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2014年9月14日 (日) 11:45時点における最新版

南関東直下地震(みなみかんとうちょっかじしん)は、関東地方の南部(神奈川県東京都千葉県埼玉県茨城県南部)で歴史的に繰り返し発生するマグニチュード7級の大地震を指す総称。首都圏の中心地域であることから首都直下地震、東京に焦点を絞った場合東京直下地震東京大震災などともいう。日本で想定される都市直下型地震の一つ。

東海地震立川断層帯地震のように特定の固有地震を指すものではなく、南関東の直下を震源とする被害地震クラスの数種類の大地震をまとめて指す呼び方である。このように総称を用いている理由として、南関東の地下構造が複雑なため過去の被害地震の発生様式が特定されていない点、また防災の観点から複数の直下地震をまとめて呼んだ方が分かりやすい点などが挙げられる。厳密には、より規模・被害が大きい相模トラフで起こる海溝型地震(1703年や1923年の関東地震)を含まない。

後述の通り発生した場合の被害や影響が多大であることから、日本政府や関係自治体が調査報告を行っており、中央防災会議は2003年に「我が国の存亡に関わる喫緊の根幹的課題」[1]としているほか、間接的被害は全世界に長期間及ぶと考えられている。2011年の東北地方太平洋沖地震東日本大震災)の地殻変動が関東地方にも及んだことで発生確率が高まったとする研究者が複数おり、2012年には新たに最大震度7を含む想定震度分布が発表され、報道などの社会的関心も高まっている[2]

概要[編集]

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日本列島周辺のプレートの分布
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南関東の衛星画像

相模湾においては、フィリピン海プレートが陸のプレート(北アメリカプレート)の下に沈み込んでいて、相模湾西部から房総半島南方30kmを通り三宅島東方200km付近までは海底の谷状地形が続くプレート境界「相模トラフ」を形成している。この相模トラフの北側の幅80km - 150kmの領域を震源域として、1703年12月31日元禄16年11月23日)の元禄地震(M8.1)、1923年大正12年)9月1日の関東地震(関東大震災)(M7.9)などのマグニチュード8級の巨大地震が推定200 - 400年間隔[注 1]で発生していて、これらを総称して関東地震と呼ぶ[注 2]

これに対して、相模トラフから前述よりさらに北側をも含めた関東地方南部のいずれかの地域を震源域として、ひとまわり規模が小さいマグニチュード7級の地震が数十年間隔で何度も発生している。1855年11月11日安政2年10月2日)の安政江戸地震(M6.9)、1894年明治27年)6月20日明治東京地震(M7.0)などが発生していて、これらを総称して南関東直下地震と呼ぶ。地震のタイプとしては内陸地殻内地震(直下型地震)に限らず、プレート間地震(海溝型地震)、スラブ内地震も想定される(詳細は後述)。なお、明治東京地震の震源は相模トラフより北側の東京湾北部となっており、安政江戸地震の震源も断定はされていないが同様の地域と考えられている。また、震源が海底ではないため、緊急地震速報S波の到達まで間に合わない可能性があると予想されている。

南関東の特殊性と高いリスク[編集]

山手線内側の鉄道主要駅の地震増幅率[3]
増幅率の低い(地盤の強い)駅 増幅率の高い(地盤の弱い)駅
順位 駅名 増幅率 順位 駅名 増幅率
1位 東新宿駅 1.31 1位 秋葉原駅 1.85
1位 代々木駅 1.31 1位 水道橋駅 1.85
3位 池袋駅 1.32 3位 浜松町駅 1.74
4位 新宿駅 1.33 4位 東京駅 1.74
5位 四ッ谷駅 1.34 5位 神田駅 1.69

マグニチュード7級の地震が時折発生するという点では、南関東も日本の他の地域も同様である。しかし、南関東では以下のような理由により地震の頻度が高く、また被害の程度が顕著になると想定されることから、地震学地質学の研究においても防災の観点においても注目され、重要視されている。

まず、関東地方には日本の他の地域と同様に地表近くに活断層が存在すると同時に、地下では相模トラフ付近だけではなく、群馬県南部・栃木県南部までプレートの境界が存在し、そこでも地震が発生する。北関東では震源が深いため揺れが減衰されるが、南関東では震源が浅いため強い揺れが起こる。しかも、南関東では地表を覆う大陸プレート(北アメリカプレート, NA)の下に南から海洋プレート(フィリピン海プレート, PH)が沈み込み、さらにその下に東から海洋プレート(太平洋プレート, PA)が沈み込んでいる複雑な構造であり、プレート間の相対運動速度はNA-PH間4 - 5cm/年・NA-PA間8 - 10cm/年と世界的にも比較的速いため、必然的に地震の確率は高くなる。

また、関東平野は埼玉北部・東部、東京東部、神奈川東部、千葉北部・中部、茨城南部まで広がっており、第四紀以降の堆積物に厚く覆われていて(最も深い東京湾付近で3,000m程度)揺れが反射・増幅されやすく、政府発表の「表層地盤のゆれやすさ全国マップ」(2005年)においても南関東の大部分が揺れやすい地域とされている。特に、東京湾岸や荒川利根川流域などは揺れの増幅率(表層地盤増幅率)が高い地域に分類されており、都心部でも東側は地盤が弱い(表参照)。

南関東直下地震は、M8クラスの関東地震東海地震に比べれば想定される震災被害の範囲は小さいが、プレート間地震が内陸で起こる「直下型」であるため震源付近では甚大な被害が発生すると考えられる。

世界最大の再保険会社であるミュンヘン再保険が2002年に発表した、大規模地震が起きた場合の経済的影響度を含めた世界主要都市の自然災害の危険度ランキングでは、東京・横浜が710ポイントと1位で、167ポイントで2位のサンフランシスコと大差がつき、首都圏での震災を含めた災害リスクの高さが表れている。

また東京江戸時代より日本の中心として都市機能を集約しており、戦後の高度経済成長によって日本が国際的な位置を確立し始めた時には、東京は日本だけでなく世界経済の中枢としても重要な位置を確立した。現在でも国内主要企業の本社のほとんどが集中する経済の中心地、また国会中央省庁が集まる政治の中心地ゆえ、直下型地震によって経済活動や国家安全保障に甚大な被害を及ぼす事態も予想されている。また、周辺を含めた首都圏にも横浜市川崎市相模原市千葉市さいたま市などの大都市があり全体的に人口密度が高く、京浜工業地帯京葉工業地域鹿島臨海工業地帯などの工業地域横浜港川崎港千葉港などの重要港湾機能がある。このように人口や機能の集中する首都圏において大地震が発生し、その機能が麻痺状態に陥った場合のリスクは極めて高いものと想定されており、これが他地方への首都機能移転を主張する意見の一根拠にも用いられている。

首都近郊での大地震は近代より注目されている。地震学者今村明恒は、1891年濃尾地震を受けて設置された震災予防調査会がまとめた地震記録から関東地方の地震の周期性を見出し、「50年以内に東京で大地震が発生する」という趣旨の雑誌寄稿を1905年に行った。これは社会問題化したがやがて批判へと変わり、地震への警鐘は一時的なものとなってしまった。その後1921年、1922年とM7級の地震が発生するなど南関東で中規模地震が多発する中、1923年にM7.9の関東地震が発生し甚大な被害をもたらした。戦後、河角廣が発表した「南関東大地震69年周説」[4]は1978年 - 2004年の間に南関東で再び大地震が発生するというもので再び大きく取り上げられたが、これは鎌倉における古地震の記録をもとにしたもので地震の震源域や規模が明確ではなく、関東地震の周期性も解明されたことから後に否定された。その後1980年代より南関東地震活動期説が唱えられているが、支持・反対の意見に分かれている。

防災への取り組み[編集]

学会や民間において多くの議論が行われる一方で、政府は、1992年(平成4年)に「南関東地域直下の地震対策に関する大綱」を制定し、さらに2003年(平成15年)に中央防災会議において「首都直下地震対策専門調査会」を設置し、首都特有の問題を含む対策を検討している。企業においては、震災発生時に本社機能が麻痺しないよう、関東地方以外に本社機能を代替するよう体制改革を行ったり、震災を想定した事業継続計画(BCP)を推進したりしているところがある。自治体では、防災拠点の整備や災害時体制の整備、南関東以外の自治体との広域連携を進めている。また学校医療機関福祉施設商業施設や、水道都市ガス電気空港鉄道バス道路などの公共性が求められるものにおいては、耐震性を高めダメージを最小限に抑えるとともに早期に復旧を行い、震災時・震災以降中長期的にサービスを提供できる体制の構築が求められ、推進されている。 特に、道路については、震災時に帰宅困難者による渋滞を防止することで緊急車両自衛隊の行動を円滑にするため、警察では、すでに首都圏を担任する警視庁・神奈川県警察・千葉県警察・埼玉県警察の管内において強力な交通規制を行う用意がある。警視庁では、都内で震度6弱以上の震災が発生した場合は、直ちに交通規制を実施し、緊急車両のみを走行させることが都条例で定められている。実際に、警視庁では都内の主要交差点500箇所以上に警察官を急行させて交通規制をする訓練を繰り返しており、南関東直下地震に対する多くの資を得ているという。防衛省では、陸上自衛隊から自衛官約11万人、海上自衛隊から艦艇50隻、航空自衛隊から救難部隊を首都圏に投入する方針である。

南関東直下地震のこれまでとこれから[編集]

過去の南関東の地震[編集]

日本政府の地震調査研究推進本部は、「南関東におけるM7程度の地震」として2000年代初頭から評価を行い、その後数回改定している。過去の発生記録や現在解明されている範囲での南関東地域の地殻構造から、2007年平成19年) - 2036年(平成48年)の間にM6.7~7.2の(海溝型・プレート内)地震が70%の確率で発生するとの想定が行われている。なお前記の評価想定では、観測精度が信頼できる1885年以降評価時点であった2004年まで119年間の地震のうち、震源の深さが30 - 80kmで、かつ一定規模以上の被害がみられるものを対象としている。1894年(明治東京地震)、1895年、1921年、1922年、1987年(千葉県東方沖地震)の5つが該当し、これらの単純平均から、発生間隔を23.8年と見積もっている。

以下に南関東におけるM6.5以上の地震を列記する。地震調査委員会の「南関東直下地震」発生確率評価に採用されている地震は太字・赤背景で示した。「種類」における番号は次節と対応している。

地震名 月日 時刻 震央 深さ 規模 種類 被害
寛永小田原地震 1633年 3月1日 - 相模湾西部(小田原市沖) 不明 7.0 死者150名、負傷者多数
元禄関東地震 1703年 12月31日 2時頃 野島崎 23km[注 3] 8.1-8.4 海溝型 死者1万余名、負傷者多数
天明小田原地震 1782年 8月23日 - 神奈川県西部 不明 7.0 死者、負傷者あり
嘉永小田原地震 1853年 3月11日 - 神奈川県西部 不明 6.7 死者100名、負傷者多数
安政江戸地震 1855年 11月11日 22時頃 東京湾周辺 不明、諸説有 6.9-7.4 死者7444名-1万名、負傷者多数
(新島・神津島近海の地震) 1890年 4月16日 - 新島・神津島近海 30km以浅 6.8 - 負傷者1名
(山梨県東部の地震) 1891年 12月24日 - 山梨県東部 30km以浅 6.5 - 負傷者1名
明治東京地震 1894年 6月20日 - 東京湾付近(荒川河口付近) 80km程度[5] 7.0 3.か4.[5] 死者31名、負傷者197名
(東京湾付近の地震) 1894年 10月7日 - 東京湾付近(中央防波堤付近) 80km以深[6] 6.7 - -
(茨城県南部の地震) 1895年 1月18日 - 茨城県南部(霞ヶ浦付近[7] 約40 - 60kmまたは
約60 - 80km[8]
7.2[7] 1.か3.[8] 死者9名、負傷者68名
(三宅島近海の地震) 1900年 11月5日 - 三宅島近海 30km以浅 6.6 - 負傷者1名
(茨城県南部の地震) 1921年 12月8日 - 茨城県南部(竜ヶ崎付近[7] 約40 - 60kmまたは
約60 - 80km[8]
7.0[7] 1.か3.[8] -
(浦賀水道付近の地震) 1922年 4月26日 - 浦賀水道付近 71±21km[9] 6.8 2.か3.[9] 死者2名、負傷者23名
大正関東地震 1923年 9月1日 11時58分 神奈川県西部 23km 7.9-8.2 海溝型 死者11万人、負傷者11万人
(上記余震) 1923年 9月1日 - 伊豆大島近海 0km 6.5 -(上記余震) -
(上記余震) 1923年 9月1日 - 相模湾 0km 7.3 -(上記余震) -
(上記余震) 1923年 9月1日 - 相模湾 42km 6.5 -(上記余震) -
(上記余震) 1923年 9月1日 - 相模湾 39km 6.5 -(上記余震) -
(上記余震) 1923年 9月1日 - 山梨県中・西部 0km 6.8 -(上記余震) -
(上記余震) 1923年 9月2日 - 千葉県南東沖 14km 7.3 -(上記余震) -
(上記余震) 1923年 9月26日 - 伊豆大島近海 0km 6.8 -(上記余震) -
丹沢地震 1924年 1月15日 - 神奈川県西部(南足柄市付近) 0 - 10km 7.3 -(上記余震) 死者19名、負傷者638名
北伊豆地震 1930年 11月26日 - 静岡県伊豆地方(函南町付近) 1km 7.3 5. 死者272名、負傷者572名
西埼玉地震 1931年 9月21日 - 埼玉県北部(寄居町付近) 3km 6.9 5.? 死者16名、負傷者146名
伊豆半島沖地震 1974年 5月9日 - 駿河湾(石廊崎沖) 9km 6.8 5.? 死者38名、負傷者102名
伊豆大島近海の地震 1978年 1月24日 - 伊豆大島近海 15km 7.0 5.? 死者25名、負傷者211名
伊豆半島東方沖地震 1980年 6月29日 - 伊豆半島東方沖 10km 6.7 5.? 負傷者8名
千葉県東方沖地震 1987年 12月27日 - 千葉県東方沖(九十九里浜沖付近)[10] 約50km[10] 6.7 2.[10] 死者2名、負傷者161名
(伊豆大島近海の地震) 1990年 2月20日 - 伊豆大島近海 6km 6.5 5.? 負傷者1名
  • 上記のうち、特に出典記載のないものは地震調査委員会、2004年[11]による。なおこの出典のマグニチュードおよび1884年以前の震源は宇津(1999)による。
  • 直下地震ではない八丈島東方沖、房総半島南東沖の地震は除いた。震源分布は[1], [2]参照。

メカニズムと特徴[編集]

南関東では大陸プレートの下に海洋プレート2枚が別々に沈み込んでいる複雑なテクトニクス構造から、発生様式は以下の5種類が想定されている。3つのプレートが重なっているのは日本ではこの地域だけである。

  1. 陸のプレート(北アメリカプレート)とフィリピン海プレートとの境界で起こる「プレート間地震」、深さ30 - 60km付近。
  2. フィリピン海プレート内部で起こる「沈み込んだ海洋プレート内地震」、深さ30 - 60km付近。
  3. フィリピン海プレートと太平洋プレートとの境界で起こる「プレート間地震」、深さ60 - 80km付近。
  4. 太平洋プレート内部で起こる「沈み込んだ海洋プレート内地震」、深さ60 - 80km付近。
  5. 陸のプレート(北アメリカプレート)内部で起こる「内陸地殻内地震」(「直下型地震」、「陸域の浅い地震」とも呼ぶ)、地表付近 - 深さ50km程度。大きなものは主に活断層で発生する。

南関東の地下におけるプレートの様子は、詳細には解明されてはいない。地震波速度や重力異常、1990年代以降の高感度地震計による微小震源分布などから推定は行われているものの、プレートの深さひとつをとっても複数の説が主張されている状況であり、近年でも関東フラグメントなどの新説が主張される動きもある。近年の解明の動きとして、2005年7月23日千葉県北西部地震(震源の深さ73km、M6.0、最大震度5強)は1894年の明治東京地震と同じ領域(太平洋プレートフィリピン海プレートの境界域)で発生した可能性が指摘されている。東京大学地震研究所が行った古い地震計記録からの復元データおよびスーパーコンピューター「地球シミュレータ」の再現データによると、明治東京地震は深さ40 - 50km地点の両プレート境界域(千葉県北西部地震より浅く、西寄り)で発生した可能性が推定されるという[12]

なお上記の地震調査研究推進本部の評価においては、陸のプレート内部で起こる「内陸地殻内地震」は各断層での評価に含めているため除外されていて、30年間で70%という確率には含まれないので注意を要する。ただし、この想定は過去100年程度においては地震計のデータがあるものの全体として例が少なく、過去の地震被害や地質調査を根拠にする部分も大きいため、マグニチュード7級という想定も含めて不確実性を指摘する専門家もいる[13]

(南関東直下地震が含まれる可能性がある)相模湾の歴史地震および17世紀以降の南関東の中規模以上の地震の震源や規模、被害、発生様式については、宇津徳治の文献などをもとに地震調査委員会がまとめた表があるので参照のこと[注 4]

活断層[編集]

直下型のうち、震源が非常に浅い「内陸地殻内地震」をもたらす、活動度が高いとされる活断層を以下に列挙する。河床、湖底、海底の断層は調査が難しく、また南関東は関東造盆地運動のため厚い堆積層が覆っていて深いところまで掘削しなければ基盤岩に達せず、明瞭な断層面は大深度にあってほとんど調査されていない。発見されていない断層が地震をもたらす例もあるため、注意が必要である。

2011年東北地方太平洋沖地震による広域的な地殻変動のため、下記の立川断層帯や三浦半島断層帯などいくつかの断層は地震発生リスク(確率)が高まったと発表されている。なお、活断層による地震は、地震調査委員会による「30年間で70%」という確率には含まれていない。

  • 関東平野北西縁断層帯 - 群馬県中南部~埼玉県北中部における内陸地殻内地震。
  • 立川断層帯(立川断層など) - 埼玉県南部~東京都中央部における内陸地殻内地震。
  • 伊勢原断層 - 神奈川県中央部における内陸地殻内地震。
  • 神縄・国府津-松田断層帯 - 静岡県東縁部~神奈川県西部における内陸地殻内地震。
  • 三浦半島断層群 - 三浦半島における内陸地殻内地震。
  • 鴨川低地断層帯 - 房総半島南部における内陸地殻内地震。

他の地震との関連[編集]

別の巨大地震の前後に発生した例[編集]

関東地震#他の地震・自然災害との関連 も参照 1855年の安政江戸地震では、その1年前に南海トラフの巨大地震である安政東海地震及び安政南海地震が発生しており、これらの地震により誘発された可能性が指摘されている[14]。また、それ以前にも日本海溝付近における連動型地震とみられる869年の貞観地震の後に、発生から9年後と間隔が開いているが878年相模・武蔵地震(伊勢原断層、或いは相模トラフの地震とみられる)が発生、さらにその9年後の887年には南海トラフにおける連動型巨大地震とみられる仁和地震も発生している。

東北地方太平洋沖地震以降の首都圏の地震活動[編集]

2011年3月の東北地方太平洋沖地震以降、首都圏では誘発地震活動のため地震の発生数が増加した。なお、同地震(本震)は前述の貞観地震と同様に日本海溝付近における連動型地震である。

酒井慎一・観測開発基盤センター准教授を中心とする平田直[注 5]教授らの研究グループは、地震の頻度の経験則である『グーテンベルク・リヒター則』と、余震の数の減少についての公式である『改良大森公式』の2つを組み合わせた『余震の確率評価手法』を用いて、M6.7-M7.2の地震が首都圏で起こる確率を「今後30年で98%、4年以内で70%」と2011年9月に試算し[注 6][15]、同月16日の東京大学地震研究所談話会で発表した。同研究所広報アウトリーチ室が上記の内容が報道された後に開設したページでは、非常に大きな誤差を含んでおり数字そのものにはあまり意味がないと考えて欲しいということ[16]、東北地方太平洋沖地震の誘発地震活動と首都直下地震を含む定常的な地震活動との関連性はよくわかっていないので両者を単純に比較することは適切ではないと考えられる、としている[17]。2012年2月上旬の報道によれば、再計算の結果、4年以内50%以下、30年以内83%と算出された。

遠田晋次・京都大学防災研究所准教授[18]らが行った2012年1月21日までの計算結果では、首都圏でM7以上の地震が発生する確率は5年以内に28%、30年以内に64%となった[19]

被害[編集]

中央防災会議[編集]

2013年(平成23年)12月に発表された中央防災会議の報告[20]によると、最も大きい場合、死者約23,000人、全壊の建物約61万棟、経済被害約95兆円という甚大な害が出ると想定されている。

東京都防災会議地震部会が2006年(平成18年)3月に発表した最終報告では、被害が最も大きい場合でも死者は約5,600人とされた。
東京都防災会議は被害想定の見直しの中で、死者を約1万人と算出した。これは首都直下地震防災・減災特別プロジェクトと同様に震源を浅くしたうえで、東京湾北部のM7.3、冬の夜6時で想定し、建物1軒ごとの不燃化状況やを建物の密集具合を反映させたものである[21]

主な地震の種類別に見ると、次のような想定である。

東京湾北部地震(海溝型)、M7.3、冬午後6時、風速15m/秒
  • 建物の全壊約85万棟(焼失も含む)、死者数約11,000人(半数が火災による)、重傷者37,000人、中軽傷者17万人、経済被害約112兆円、帰宅困難者約700万人、がれき発生量9,600万t(東日本大震災では約2,500万t)、約1億立方メートル。荒川沿いで建物被害、および環状七号線(環七通り)や環状六号線(山手通り)周辺で火災が多発。
1ヶ月後でも、避難所生活者270万人+疎開者140万人、ガス停止65万軒。
都心西部直下地震(直下型)、M6.9、冬午後6時、風速15m/秒
  • 死者数約13,000人、電車や車両による事故で400人の死者、など。

首都直下地震防災・減災特別プロジェクト[編集]

文部科学省首都直下地震防災・減災特別プロジェクトでは、東京大学教授・平田直を中心に44億円を使い直下地震対策を研究している。首都圏の学校などに300カ所の地震計を置くなどの作業を進めていた[22]

プロジェクトの研究チームが、東京湾北部を震源とする地震による揺れが従来を上回る震度7になると予想したことにより、中央防災会議はチームの最終報告に基づき首都直下地震の被害想定を見直す事にした[23]。同チームは2012年にプレートの深さが従来より10km浅いと推定している。

予測されている主な事象[編集]

  • 仮設住宅の建設費(最大3兆円)[注 7]、維持費。
  • 水門破壊によるゼロメートル地帯への浸水。
  • 持病の悪化、寒さ暑さ、感染症の流行、エコノミークラス症候群、水分や食物の欠乏、アスベストの飛散などの関連した病気による被害。
  • 長周期地震動による高層建築物へのダメージ。
  • 建物の崩壊による死亡・負傷の一部[注 8]
  • エレベーターの停止に伴う閉じ込め。
  • 高層ビルの高層階にいる多くの人が大怪我、又は孤立する。
  • 高層ビルから看板や割れたガラスが路上に大量に落下する。
  • 繁華街や住宅街での治安の悪化。
  • 東京証券取引所商品取引所東京工業品取引所為替手形決済システム、銀行間取引システムの取引停止・株価暴落、通貨下落、倒産などの金融市場への影響。
  • 輸出の減少による外貨獲得不足、経常収支赤字、諸外国へのODAや国連分担金などの不足、日本が供給する部品に頼る世界産業の不振、有効需要の喪失による全世界的不況、世界情勢の不安定化。
  • 消費者心理の変化による需要の衰退(阪神・淡路大震災時に例あり)。
  • インターネットの通信交換所(ハブ、IX、ISP、DCなど)の被災による損害。
  • サプライチェーンの分断による被害。
  • 人が集まる場所でのデマやパニック。
  • 余震の発生や大量の降雨による二次災害の発生。
  • 行政・情報の麻痺による首都機能の停止。
  • 電気などのライフラインが止まる。
  • 東京湾沿岸全域に津波液状化現象などの被害が出る。
  • 地盤の変形でレールが曲がり、電車が脱線する。また正面衝突。
  • 電車進入時に多くの人が駅の線路に落下する。
  • 深層崩壊
  • 地下鉄の軟弱な地盤を走る区間におけるトンネルの崩壊。
  • 地下鉄駅の天井が崩落し、道路が陥没する。
  • 揺れで車が横転し、大規模な衝突事故が各所で起きる。道路、特に高速道路における衝突・横転・火災事故[注 9]
  • 火災地の密集による火災旋風(炎の竜巻)の発生。(関東大震災で死亡例あり。これがあった場合、被害が現在の想定の10倍以上になることもあり得る。要出典[注 10]
  • 東京湾炎上による発送電停止[注 11]、航路閉鎖と有毒ガス、火災、通信網破壊[24]
  • 各地(住宅地を含む)に散在するガスタンク、石油タンク[注 12]などによる火災と有毒ガス。
  • 避難者が炎に囲まれて脱出できない場合[注 13]

被害想定に関する動き[編集]

政府による被害想定発表後、メディアはこのニュースを大きく取り上げ、社会的にも話題となった。この背景には、被害想定発表前後に日本国内外の各地で2004年(平成16年)のスマトラ島沖地震新潟県中越地震、2007年(平成19年)の能登半島地震などの地震災害が相次いだことがあった。また、被害想定発表後に発生した千葉県北東部地震千葉県北西部地震では実際にエレベーターへの閉じ込めなどが発生し、再びこの話題が取り上げられた。このほか、後の構造計算書偽造問題に関して社会に不安が広がった背景にこの被害想定があるとの見方もある。

なお、この想定は直下地震発生のケースの場合であるため、(大正時代関東大震災の様な)海溝型地震によって併発されると言われている津波の発生については想定されていない。更にそれ以外の地域(関東で最も地震が多い北関東房総半島沖など)での地震も否定できない。その場合には政府の被害想定とは違った被害状況も成り立ち得る(例えば小松左京原作の『日本沈没』では、東京湾内を震源とした海溝型地震による津波の発生が想定されている)。

脚注[編集]

出典[編集]

  1. 地震調査委員会による推定(2011年時点)
  2. 関東地震は更に2つのタイプに分けられると考えられ、200 - 400年間隔で神奈川県~千葉県付近の相模トラフ西側半分が滑るM7.9前後の「大正型」と、2,000 - 2,300年程度の間隔で神奈川県~千葉県南東沖の相模トラフ全体が滑るM8.1前後の「元禄型」がある。なお、「元禄型」は「大正型」の震源域に加えて、相模トラフの東側半分にあたる千葉県南東沖の震源域が同時に破壊される(固有の両震源域における)連動型地震との見方もある。
  3. 大正関東地震の断層モデルを元にした推定
  4. 相模トラフ沿いの地震活動の長期評価について(pdf) 表5 pp.24-25および表6 pp.26
  5. ひらたなおし。1998年から地震予知研究推進センター教授(観測地震学)、2011年よりセンター長。元東京大学地震研究所長。文部科学省の首都直下地震防災・減災特別プロジェクトリーダー(NHK そなえる 防災|執筆者|平田 直より)。
  6. 平田は2012年1月26日発行の夕刊フジで、1894年明治東京地震以降データと1965年以降のデータを比較したものだとしている。また「8月以降地震の数が減ってきたので、5-7年以内に70%」と述べている。これは地震のおこり方で巨大地震の発生時期が動くという意味である。要出典
  7. 仮設住宅の建設は最良の条件下で3ヶ月で約7万戸、関東地震では約3年かかる。
  8. 5,000人の建物関連の死者を想定
  9. 鉄道、道路すべてを含めての想定は死者200人
  10. 東京大空襲関東大震災当時は木造家屋がほとんどだったが、ドレスデン大空襲では現在の東京より木造家屋は少なかったのに、大被害が出た。
  11. 新京葉変電所からの電気は、軟弱地盤を通り新豊洲変電所から都心部に供給されている。湾内の発電所が海面の油などにより冷却水を取り入れられず、燃料船も接岸できない。地盤自体が弱く損傷の可能性がある。
  12. 東京湾内には約5、600基あり、9割が市原市と川崎市の沿岸部に集中している。この問題は30年以上前から論議されているが、政府も自治体もほとんどデータを持っていない。要出典
  13. 帰宅困難者が郊外の自宅へ帰宅するために、木造住宅の多い都心周辺部を通るときに火災にはばまれてパニック状態になったり、炎に囲まれる場合が心配されている

注釈[編集]


関連作品[編集]

小説[編集]

漫画[編集]

アニメ[編集]

テレビドラマ[編集]

映画[編集]

関連項目[編集]

外部リンク[編集]

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  1. 首都直下地震対策専門調査会報告 平成17年7月 中央防災会議p4
  2. 3月11日以降の首都圏の地震活動の変化について|東大地震研 広報アウトリーチ室
  3. 二線以上の鉄道接続駅。独立行政法人防災科学技術研究所「地震ハザードステーション」による。
  4. 河角広(1970): 関東南部地震69年周期の証明とその発生の緊迫度ならびに対策の緊急性と問題点 地學雜誌, Vol.79, No.3, p.115-138.
  5. 5.0 5.1 勝間 田(2001)による。
  6. 橋田・他(1993)、勝間田(2001)による。地震調査委員会(1999)では6月20日の地震の余震としていたが、同(2004)では先述を採用した。
  7. 7.0 7.1 7.2 7.3 茨城県の地震活動の評価
  8. 8.0 8.1 8.2 8.3 野口(1998)、勝間田(2001)、地震調査委員会(2004)による。
  9. 9.0 9.1 石橋(1975)、勝間田(2001)、地震調査委員会(2004)による。
  10. 10.0 10.1 10.2 地震調査委員会(1999, 2004)による。
  11. 相模トラフ沿いの地震活動の長期評価 地震調査委員会、2004年8月23日
  12. 2005年千葉県北西部の地震 ─震源メカニズム・強震動─ 東京大学地震研究所 強震動グループ、2005年
  13. “首都直下地震:地震の種類で揺れ度合い変化 文科省が中間報告”. 毎日新聞. (2010年6月1日) 2010年6月3日閲覧。
  14. 過去に起きた大きな地震の余震と誘発地震(東京大学地震研究所)
  15. 『地震研の手法は観測データが増えると再計算が必要で、そのたびに確率も変わる。』「首都直下型M7地震「4年内50%以下」 東大地震研が再計算、観測データ増加で」日本経済新聞2012年2月6日
  16. 酒井の週刊文春のインタビュー記事によれば「プラスマイナス30%」。もっとも「4年以内に10-20%」でも極めて高い値である。要出典
  17. 3月11日以降の首都圏の地震活動の変化について|東大地震研 広報アウトリーチ室
  18. 1999年東北大学博士・東京大学地震研究所助手
  19. 首都圏M7級地震、京大は「5年以内に28%」 朝日新聞デジタル
  20. 首都直下地震対策の概要
  21. 首都直下地震、東京の死者1万人想定 震源見直しで増加」朝日新聞 2012年4月14日17時1分
  22. 首都直下地震 隠された「震度7」AERA2012.2.20 p10-15
  23. http://mainichi.jp/select/weathernews/news/20120307k0000e040143000c.html 首都直下地震:震度7を予想…「6強」見直し 文科省]毎日新聞 2012年3月8日閲覧。
  24. 『AERA』8月22日号「封印された"東京湾炎上"」、元は国土交通省関東地方整備局「臨海部の地震被災影響検討委員会報告書」2009年3月